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弦が切れたその後に@1st.ロ ッ ク



あれは、何年前のことだろうか。
夜明け頃、脱ぎ散らかした服、放り投げた鍵や財布、薄暗い部屋、ふと目が覚めて、現在時刻を確認しようと枕元のスマートフォンに触れる。画面は主に友人からのメッセージ通知で埋まっていた。
どうやら俺の憧れが逮捕されたらしい。


すぐさま現実に引き戻される。
〈酒と女と薬〉が溢れ返るような世界に身を置き、そこそこ人気なミクスチャー・ロックバンドの低音を担い、ライブ漬けの毎日を過ごして、ファンに支えられ、生計を立て、同じマンションには恋人が住む。まさか、率直に述べるとよく噂で聞いた話を境に歯車が狂うとは、予想だにしなかった。


「最近おかしいの。通勤、誰かに尾けられてるような気がして怖い。しかもね、こんなDMが来るとか初めてで。」
顔を伏せて泣き出す彼女が見せた、『全然トキワくんと釣り合ってない』『ブス消えろ』『ぜーんぶ特定済み』『晒されたくなかったら別れてね』の脅迫と隠し撮りは紛れもなく信者、と呼ばれる人間から送られたもので、目にするや否や虫唾が走る。

実はこちらのSNSにも交際を責める内容のそれが頻繁に届いており、魔の手が伸びるとなれば一旦離れるべきだ。とはいえ引っ越しをさせる事態ではないと高を括った。


音楽に疎い会社員のユラノは、酔い潰れてエントランスで寝た俺に優しく声を掛けて起こし、職業については全く知らず互いに惹かれ、特別な関係になる。しかし所謂〈生活リズム〉が違い、ツアーなどによって殆ど自宅には帰らない彼氏の、世話を焼きながら待ちくたびれて、そこにストーカーが加わり、精神的に追い詰められ、我慢の限界を超えてしまった。
表舞台に出て名が売れる以上は余計な詮索をされる、執念深いアンチも付き物、そう覚悟を決めたのは自分だけ、夏フェスの真っ最中に破局を迎える。


「トキワ病むなよ。確かにあの子はかわいかったけど、芸能人、モデル、アイドル、俺らは選び放題っしょ。向こうが寄ってくるんだし。」
落ち込んで痩せこけるとメンバーに揶揄われて、(励ましのつもりか)彼女が居なくとも俺は動じずステージに立ち、ベースを弾かなければならない。
『今日こそ新曲聴けるかな』『セトリ楽しみ』『最前確保!』『フツーに歩いてて握手してもらった』『去年の○○ステージからもうここまで?勢いある』『頑張れ』


毎度お馴染みのエゴサーチ、皆の期待に応えたかった。いつもありがとう。
ただ、この投稿のどこかに、ユラノの心に傷を負わせた相手が潜んでいる。
「そういう繋がりたいやつ全員、面倒臭い。うっかり手、出してみ?××さんは女側の匂わせと、捨てたらバラされて炎上のフルコンボ。」
やれやれ、これだからフラれる、経緯を説明してどうにかマネージャーの理解を得るも、溝が生じた。


元々、俺はアニメ及び漫画が好きで、かつて実写版を観る為に映画館へ足を運び、主題歌がカッコいい、帰り掛けレンタルショップに駆け込み、彼らの作品を片端から借りて、衝撃を受ける。
一瞬で魅力に取り憑かれ
将来はベーシストになりたい。
生まれて初めて親に熱く語り、楽器を購入した。

その後は軽音楽部にてドラマーと出会い、専門学校に進み、実力差を思い知らされても兎に角ついて行かなければ、と練習に明け暮れつつ仲間を探し求め、ボーカルでないにも拘らず飛び抜けて歌が上手かった男を口説き落として引き入れる。
ギタリストは彼の弟だという天賦の才を持つ高校生で、最強の4人組が揃った。
当然だが2年通えどプロにはなれずにフリーター、尚も夢を追う息子に堪忍袋の緒が切れた父、怒鳴り付けられ(案の定)勘当される。


けれども、この時点でインディーズの割には大いに存在感を発揮して、しぶとく活動を続けた末にメジャーデビューが叶い、ずばり、コネと運だった。
地獄のスタートライン、常に生存競争、やりたくなかった売れ線、オープニングアクトまたはゲストを務めた日に味わう屈辱、冷めた眼差し、微動だにしないフロア、耳打ちと嘲笑、楽屋の陰鬱なムード、忘れ得ぬ悔し涙、他にも星の数ほど、俺達の思い出が〈綺麗な〉曲と詞もしくはパフォーマンスに次々と姿を変える。

消え失せて堪るか、懸命に食らい付き、恵まれたCMソングのタイアップをきっかけにブームが巻き起こり、辛うじて業界内で地位を確立した。


ベースに全てを捧げ、もし失ったら生きていけないだろう。
ところが、真綿で首をしめるようなストーキングがエスカレートして、俺、即ち常盤は、幾つか定めた目標のうち某大型会場での単独公演を機に、止むを得ず〈燃え尽きて〉脱退する。


★(あの太いベース弦が切れる、というタイトルの発想は解散ツアーのラストライブで、最後の曲を演奏中にギターの……リスペクトを。)
その『あと』に、と読む短編小説です、続きもよろしくお願いします。


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