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2019年11月の記事一覧

とある宮廷詩吟師の嘆き、もしくはその一生。

とある宮廷詩吟師の嘆き、もしくはその一生。

とある国の、どこかの話。
なにかわたしを楽しませるようなことを、話しなさい。目の前の氷の眼差しを持つ姫君は静かにそう言い放った。

異国の魔女に呪いをかけられて、生まれてから一度も笑ったことがない、と噂されている冷ややかな、凍った冬の朝日の美しさを持つ姫君。
まさに噂が正しいように、頬の肉は盛り上がるのを知らないようで、静かな顔は水面に張り付いた薄氷の仮面のようだ。
困り果てた王様は、都で一番の詩

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空の宇宙・硝子の胎内

空の宇宙・硝子の胎内

赤ん坊が、こちらを見ている。

私の目の前に、ひとつの不可思議な像が見える。
聖母マリア像を模したような、加えて観音か如来を足したような、古今東西の地域で崇められてきた地母神のような、表情の妊婦の像。
頭の髪先から、脚の爪先に至るまで、全身の全てが硝子で造られている。
その妊婦は、阿修羅像のように、手が二本に収まっていなかった。
一対の手は、それこそ天に人々の祈りを伝える聖母のように、嫋やかな指を

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翡翠の碧、血の朱印

翡翠の碧、血の朱印

点翠職人の藍晶はその名を、かつて絹が通った道で繋がれている諸国まで轟かせるほどの、腕前の持ち主だった。
本物の鴗(かわせみ)の羽を、部品となる枠に糊で貼り付けて、一枚一枚花弁を作る。
それから出来た見事な牡丹や蓮の花飾りは、本当に翡翠を削いで作った花弁から、出来たようだった。
硬質な石の色を帯びていながらも、その光沢は生き物の熱が通った滑らかさがあり、筆舌に尽くし難い。
変わった材料の点翠仕上げて

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Scarborough Rose

Scarborough Rose

ースカボローへ行くのですか?
決まり文句で聞かれた旅人は、こう返す。
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。
もしくは、それらを束ねたお守りを、荷物に下げて。
何も見ていないし、聞こえていない、という態度を貫き、旅人はその場を後にした。
その亡霊はそうやって、道行く人へ何回も、自分の恋人へ伝えて欲しい、と頼んでいた。
「縫い目の無い、針も使わないシャツを作っておくれ」「そして、それを枯れた井戸の中

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きっと前世の戀人

きっと前世の戀人

シュッシュッと周りから、キャンパスの上に筆や鉛筆を走らせる音が聞こえてくる。当の「わたし」は、もう既にほぼ描き終わった絵の上に、絵の具がついていない筆先を何回も滑らせていた。
湿地の泥に密集して生えている草の上に、「彼」は佇んでいる。黒玉のように丸く愛らしい瞳を、早くこっちに来て欲しい、とでも言いたげに「わたし」に向けている。
「わたし」はそんな「彼」の雪のように白く、細やかな毛先を、何回も何回も

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空繭

空繭

ある日、繭を拾った。
見た目は、なんてことない普通の黄色い繭だ。
私は、昔から山歩きが好きで、山に落ちている色々なものを持って帰っては、部屋の中をガラクタで溢れさせ、同時に盛大に泥や土で汚した着物を、母に見せて呆れさせるという、素敵な趣味を持っていた。

その繭を見つけたのは、人が誰も入り込んでこない私の秘密の場所。
私は、物心ついた頃から、家の裏山を自分の庭同然に歩き回っていたため、そんな場所は

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「宵待峠」

「宵待峠」

宵待峠には、人の声真似をする狒々が住んでいる、と噂される。
オーイと言うと、普通のやまびこが帰ってくるが、恋患うものは、その限りでは無い。
あまりにその心を拗らせ、愛しいものの名前を呼べば、そっくりそのまま愛しい人の声で、呼び慕う声が返って来ると言う。
恋は盲目とはこのことか、呼ばれて行ってしまった者は、二度と返って来ることはなく、あの狒々に食われたという人もいる。
ある日、恋に焦がれる村娘、ああ

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心象風景

心象風景

「感情敷箱庭」

この庭は、喜びの色鮮やかな鳥が飛び交う密林、
煮えたぎるような、真っ赤な怒りが吹き出す火山、
さめざめと、土砂降りの青黒い嘆きが降る泉、
そしてその水の中の、穏やかな色の蓮華の葉に、透明玉髄のような雫一つ。
今日もどこかで、独り寂しく、泣く子がいる、その涙は泉に落ちさえすれば、ほかに嘆く皆もいると泣く子が安心する。
一番良いのは優しく包み込む陽の光で、すべての雫が満足したように、

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絢爛たる華々

絢爛たる華々

「花遊虫舞」

揺籃花(ようらんか)の少し開いた蕾に、いそいそと蜜蜂が花粉を集めにやってきました。
ぶんぶん、大きいお尻を振りながら、女王様とまだ小さく白いおくるみに包まれた兄弟たちのために急いで、蜜も頂戴していきます。
とても甘い蜜が、ゆっくりゆっくり自分の口の管を伝っていくのを味わっていると、少しばかり失敬する気持ちを起こしても、仕方がないように思われました。
だって、もうここのところずっと休

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二人花嫁の靴

二人花嫁の靴

土地を持たず、風が運ぶ季節と葉の薫りと供に旅する彼らは、民族間のつながりを何より大事にする。
それはまさに、彼らが神として信仰する山の獣の王(おおかみ)のように、例え自分の子供でなくとも、自分の命より優先する。
いくらひもじい思いをしようと、子が腹を空かせていれば、なけなしの貯蔵食を分け与えてやる。
早くこの子が大きくなって、仲間のために働けますように、と願いを込めて。ともすればそれを産む女も、そ

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小鳥の啄み帳

小鳥の啄み帳

南天・・・これは毒消し、そのため味はよろしくない。渋いものが大変多い。実も小ぶりで、果実というよりは粒である。食べ過ぎや、胃もたれの時に、食しても良い。

優莉(すぐり)・・・森のルビィとも称される、とても美しく輝く小ぶりな赤い実。
食事を楽しむ事を提唱する側の身としては、舌だけではなく、目でも楽しめる食材の魅力に、取り憑かれる者が多くなるのは嬉しい限りなのだが、なにぶん、木の実はかなりの低木で食

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母胎(ぼだい)

母胎(ぼだい)

赤と白
「赤」

御伽噺の魔女の城、庭園の薔薇の中に一匹の蜥蜴が、すやすや眠っている。
少しだけ紫が混じった、赤色の花びらをまとって、天然の惑わすような香水の中で、すうすう寝息を立てている。
城の主の、薔薇と同じ色の長爪の指が、小さな古龍を絡め取る。
ふふふふふ、魔女は爪や薔薇より真っ赤な、唇の端を弧に曲げて笑いかける。
お前には、もっと大きくなってもらはないとねえ、月の満ち欠けが三十回過ぎたら、

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竜の歌

竜の歌

竜はどこまでも孤独な生き物です。
卵から孵ると一目散に己の住処を見つけます。
火山に住む者は、火の石を食べて焔を吐き、
水の神殿に住む者は、治水の長として働き、
地の洞窟に住む者は、番人として宝を貯めこみ、
住処を必要としない者は、大空を羽ばたいて、人々に語り継がれて、伝説の中で生きていきます。
好き好んで人を喰らうものは、竜としての誇りを失い、
ただの獣に成り下がったものです。
竜が死んだとして

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薔薇と男

薔薇と男

あるところに、大変に薔薇を愛してやまない男がおりました。
男は毎日、薔薇に愛の言葉を囁きながら、錻(ブリキ)の如雨露で優しく水をかけてやります。
その時に、小賢しい尺取虫がついていないか調べたり、土が乾いていないかも入念に調べていました。
男は、ただの花好きや、園芸屋ではありませんでした。
野山に逞しく咲いている野ばらを見ても、花屋に売っている色とりどりの薔薇の花束を見ても、物好き達がこぞって見せ

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