小鳥の啄み帳
南天・・・これは毒消し、そのため味はよろしくない。渋いものが大変多い。実も小ぶりで、果実というよりは粒である。食べ過ぎや、胃もたれの時に、食しても良い。
優莉(すぐり)・・・森のルビィとも称される、とても美しく輝く小ぶりな赤い実。
食事を楽しむ事を提唱する側の身としては、舌だけではなく、目でも楽しめる食材の魅力に、取り憑かれる者が多くなるのは嬉しい限りなのだが、なにぶん、木の実はかなりの低木で食べに行くには、それなりの危険が伴う。
近頃は森の中だけではなく、土いじりの好きな人間の庭などにも生えているが、山にいる天敵がいないと思って安心してはいけない。人間の家の周りには、あの無作法な長い爪の、眼をらんらんと光らせる、恐ろしい猫の存在があるのだから。彼奴等はいつも影に潜み、我々を狙っている。狙われたら、音のしない脚で一気に近づかれて、いやらしい鉤爪で引き裂かれてしまうのだ。
このように痛ましく、悲しい事故に遭遇しないように、読者諸君はくれぐれも注意してもらいたい。おっと、味について書き忘れるところ書き忘れるところだった、申し訳ない。この美麗なる森の赤い真珠は、主食には向かない。とても味が濃く甘い上に、汁も沢山飛び出るので、何となく体に糖分か水分が足りないと思った時などに二、三粒補給すると良い。もし、犬のいる庭にこの実の低木が生えていたら、しめたもの。猫は自分より大きい犬の所には近づきたがらないし、犬は我々にさほどの興味もない。例え向こうに襲う気があったとしても、紐か鎖で杭に繋がれているので、うるさく吠えてくるだけだ。優雅に食事を楽しむ事為の音楽としては、些かやかましすぎるが。
林檎・・・香り高く、嘴を刺した時の音も大変小気味良い。味も大衆に広く受け入れられる美味しさで申し分ない。白い花時代の蜜も甘く、風邪をひいた時の喉によく染みこむ。
ただむしゃぶりつくのに夢中になってはいけない。林檎作りの人間に注意せよ、特に頭に布を巻いた親父には、筆者はしつこく追い回されて、危うく網で囚われるところだった。
洋梨・・・一部の変わり者たちには、人気のひと品。筆者も物は試しと、一口くちにしたことがあるが、酸っぱいのと甘いのが、中途半端な領域で存在していて、一言すぐに美味しいとは言えなかった。ただ、やはりあまり好き好んで食べる者はいないので、小腹がすいた時に手軽に、すぐ食べるにはいいかもしれない。時間が経って、熟れすぎた物は、ぶよぶよしてよろしくない。
西洋蜜柑・・・大変酸味が強い。そのため人を選ぶ食べ物だと思う。頭をすっきりさせたいときや、気分を爽やかにさせたい時にいいかもしれない。皮が厚いため、人間の食べ残しや、餌場にあるのを狙うといい。もちろん心優しい人間ばかりではないため、罠には十分注意すること。
金木犀・・・香りが大変強いが、その香りがまたほがらかで、とても心地いい。花の一つ一つが小さいため、甘い蜜を腹いっぱい貯めようとすると、頭をたくさん降るのに忙しく、首をいっぱい伸ばして、疲れることになる。小さい花が密集しており、枝が長いため、仲間から離れて内緒で吸うのもいいし、外敵から身を守るにも役立つかも知れない。
椿・・・真っ赤な花びらが異様に目立つ。蜜の味は、大人向けといったところ。最初は少し、不思議な甘さがするとおもうと、舌の上に苦さが残り、それが次第に染み込んでいく。花がいきなりぷつんと取れることを知らない若者が、格好付けで啄んで、頭から脚の爪先まですっぽり椿の花を被って驚いてしまうという事故が、多発しているので気をつけるように。
凌霄花(ノウゼンカズラ)・・・とても明るい橙の花が、枝に大量に咲いている様は、上空からも目を引くので、大変見つけやすい花の木である。この木は、蜜の甘さも量もそこそこと言ったところ。我々と同じく、甘い蜜を求めてやってきた蟻が大量に登ってくるので、邪魔な事この上ない。なので蜜を吸う際は、飛びながら行うのが無難。しかし時たま、その飛び方を得意とするハチドリ達が、大勢やってきては蜜を吸いつくして行くので、無駄脚を運ばないためには、木の下に沢山の吸い殻の花が、落ちていないか確認する事。
躑躅(つつじ)・・・白や桃色などの、淡く可愛らしい色の花を咲かせる低木。味も淡く消えるような風味で、癖がない。淡白であっさりした味が好きな者には、大変おすすめ出来るが、濃い味が好きな者には少し物足りなく感じるだろう。形は一本の木と言うよりは、丸い茂みのような形になっているので、蜜を吸うのに最適であるし、厄介な外敵がやって来たら、中の細々しい枝の中に隠れれば上手く危険を回避出来る。この花が一番美しく咲く春には、働き者の蜜蜂や熊蜂もやってくるので、互いに譲り合って味わって欲しい。
藤・・・紫や白の垂れ下がった房形。大変高貴な印象を与える花である。惑わすような濃厚な香りが、風に乗って遠くからでも漂ってくるので、見つけやすい部類である。味はというと、マメ科特有の(これを言うと驚くものが多いが、この美麗な花の木は、なんとマメ科なのである。)渋みと甘みに加えて、喉の奥に染み込むような蜜が、大変美味である。何か匂いの強いものを、吸ったり啄んだりした後に、この花のお世話になるのもいい。人間の住む家の周りにも植えてあるので、通りかかったら吸ってみるのをおすすめする。山の中にも、他の木に巻きついた形で繁殖している物が沢山あるので、一つ一つの花が大変小さくても、時間さえ自由であれば、至福のひと時を味わえる。山では枝に巻きついてそろり、そろりと登ってくる蛇に注意せよ。
サルビア・・・背の低い花なので、見つけるのが少し大変であるが、それに見合った報酬を得られる。中の蜜は舌が蕩ける程甘く、日々の疲れが癒されるようだ。花は大体赤だが、時たま白もある。味は特に変わらないが、よく陽のあたる場所で、水も申し分なく吸っている白の花は、若干まろやかな風味な時もある。たまに黄色い帽子をかぶった、人間の雛らが集団で、この蜜を吸いにやってくるので、甘い蜜に夢中になっていても、常時周りを監視するのに越したことはない。いくら人間の雛でも、捕まれば大惨事だ。噂であるが、人間に捕まれば、とても狭い鉄格子の籠に入れられ、一生自由の無い奴隷のような生活を強いられるらしい。余談だが、この不可解極まる人間の雛の行動は、有識者の中でも意見が分かれている。黄色い帽子を被ることで、鶏の雛に変装しているつもりなのかもしれない、と提唱する梟の学者もいるが、まだ根拠としては乏しく、有力な説とはなり得ていない。
麦・・・言わずと知れた我ら小さき鳥たちの主食。種類も数多くあり、味も豊富、そのうえ栄養も申し分ない。地域によって収穫時期や旬がバラバラなので、国を渡って暮らしていく種族のものは、一年を通して食べることができる。春や秋の収穫期と被る際は、虫も地中から湧き出てくるので一石二鳥である。
ただ気を抜いて食べていると他の食材とは比べ物にならないほど外敵が多く来るため、大変危険。忌々しい太い尾を持つ狐と空から襲ってくる鷹などに要注意だ。夜目の効く効かないに問わず、夜間は大変危険なので麦畑には降りないように。
銀杏・・・言わずと知れた秋の名物。強烈な匂いに辟易して、この木の実を食わず嫌いするのは、大変勿体ない。
柔らかな果肉の中に、酸味と甘さが共存しており、後から後から唾液が溢れ、食べたくなってくる味なのである。栄養も豊富であるので、大事な秋の、肥え太り時期に食べれば、冬に備えるのにぴったりである。ただ、いくら美味しいからと言って、食べ過ぎは禁物である。この実には少量ながら毒があり、二三粒位なら問題は無いが、五六、それ以上となると、体に溜まった毒が暴れ出す恐ろしい特徴がある。くれぐれも気をつけていただきたい。
味についての批評は、なるべく公平にすることに、舌の細胞の全てを注いだつもりだが、やはり一個人が記したものなので、読んで気になった方は、ご自分で羽をはためかせて、訪れることをおすすめしたい。
批評家の仕事とは、本来そういうものだと、私は常日頃から思っている。最近は、辛口のご意見番などが出しゃばって、それをそのまままに受けた大勢が、自分の舌の感性を信じず、選り好んだものばかりを口にしているというが、これは大変嘆かわしい。酸いも甘いも吸い尽くしてから、自然本来の美味しさが、わかるというものだ。・・・失礼話が飛躍してしまった。(鳥だけに)
こうして書き出してみると、意外と自身の活動領域は狭いことが分かる。素晴らしい食は静かに楽しめる環境から、ということで味についてだけではなく、その効能や食べる上での注意事項も書かせていただいた。
著・啄み家、滝裏の巣作りコマドリ
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