青きスクリューアッパー・ガール

 虫垂炎――俗に言う盲腸で手術となった僕が術後あてがわれた一室は、東病棟三階の、女性患者だけで固められた六人部屋だった。

 基本的に男女別の大部屋に、例外的にメンズ一人入れられてしまった僕。聞くと、どうやら他に空き部屋がなかったらしい (とは母親の弁であるが、真相は不明である)。当時まだ十一歳だったということもあり、僕は特別にこの女の園への入室を許されたのだ。

 僕と隣り合わせのベッドには青井さんという、年にしてまだ三十代半ばくらいのきれいな女性がいた。生まれて初めての入院に不安を抱く僕を気遣ってくれたのか、彼女は慈母をも彷彿とさせる優しい微笑みかつ1/fゆらぎのヒーリングボイスで、僕によく話しかけてくれたものだ。

 手術から二、三日ほどが経った頃だろうか。

 冷房の効いた病室に一人の、制服姿の女の子が現れた。青井さんの愛娘で、名前をサナちゃんと言った。

 サナちゃんは僕より二つ年上の中学一年生で、色素の薄い肌、そして艶やかな前下がりボブがトレードマークの、青井さんによく似た女の子だった。中学では新体操部に所属し、練習を終えると決まってこの病室を訪れているとのことだった。

 フレンドリーという言葉からそのまま手足が生えたかのような快活美少女、サナちゃん。そんな彼女と僕が仲良くなるまで、そう時間はかからなかった。

「リョウくん、好きなゲームとかある?」

「FFとか、ストⅡとか……」

「格ゲーやるんだ? だったらKOFって知ってる?」

「けーおーえふ?」

 KOFが超人気格闘ゲームのことだと知ったのは、その直後だった。

 正式名称、ザ・キング・オブ・ファイターズ。SNKから発売の対戦型格闘ゲームで、同社の看板タイトル「餓狼伝説」「龍虎の拳」などのキャラが一同に会した夢のクロスオーバー作品である。その人気はストⅡシリーズと双璧をなすほどで、発売から現在に至るまで十数年に渡りシリーズ化され続けている。

 どんなゲームなのか、サナちゃんの口から聞けば聞くほど、僕はKOFに心惹かれていった。

 ちなみにサナちゃんの使い手は、初代餓狼伝説にて初登場の日本人格闘家、ジョー・ヒガシという人物らしかった。

「あの締まった筋肉が最高なんだよねぇ……」

 と少しかすれたハスキーボイスでもって呟くサナちゃんのうっとり顔は、まさに恋する乙女そのもの。初心者にも比較的扱いやすいキャラとのことで、僕は彼女にジョーを激推しされた。

 突然だが、僕はサナちゃんの笑顔が好きだった。一対の大きな瞳が瞬時になくなってしまう、てらいのない笑みが堪らなく好きだった。できることならこの先もずっと、この表情を間近で拝ませていただきたい。そんな淡い気持ちを夏中、僕は密かに抱き続けていたのだ。

 もっとも、退院予定日は刻一刻と着実に近づいていた。腹膜炎一歩手前まで進行していただけあって通常よりもだいぶ長い入院生活となってしまったが、それでも僕にとってはあっという間過ぎるホスピタル・ライフであった。

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