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#毎日note

短編小説『時代遅れ』

短編小説『時代遅れ』

結婚式の司会の仕事をしている方に聞いたが、近頃は新郎新婦の馴れ初めが「マッチングアプリ」ということが実に多いらしい。41歳の私は「マッチングアプリ」といえば、何やらいかがわしいものと思ってしまうが、10歳も下になると、もっとカジュアルに捉えているものらしい。そのうち、人と人がお付き合いをするためには、いきなり直接話しをすることのほうが「はしたない」と言われるような時代が来るのかもしれない。


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【超短編戯曲】魚屋殺人事件 最終章(300字)

【超短編戯曲】魚屋殺人事件 最終章(300字)

魚屋が脱走 追いつめる警部と刑事

刑事「もう網にかかった魚だ。」

魚屋「来るんじゃねえ。雑魚が。」

警部「ゴマメの歯ぎしりだな。」

刑事「ここは僕が。大船に乗ったつもりでいて下さい。」

魚屋「ちくしょう。」

警部「あぶない。」

飛び掛かる魚屋 警部が身代わりとなる

刑事「警部。」

警部「まさかサバ折りを仕掛けてくるとは。」

魚屋「エビでタイを釣るってやつだ。魚屋をなめるな。」

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【超短編戯曲】魚屋殺人事件 ビヨンド(300字)

【超短編戯曲】魚屋殺人事件 ビヨンド(300字)

警部「もうまな板の上の鯉だ、観念しろ。」

刑事「どうして他の魚屋を捌いたんだ。」

魚屋「にくかったんです。」

刑事「憎かったのか。」

魚屋「いえ、あいつ魚屋なのに肉を買ったことがどうしても許せなかったんです。」

警部「魚屋よ。しばらくは生簀に入って反省するんだな。」

魚屋「目からうろこでございます。」

刑事「さすが腐っても鯛。」

警部「よし水揚げしろ。」

刑事「へい。」

連行さ

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【超短編戯曲】魚屋殺人事件(300字)

【超短編戯曲】魚屋殺人事件(300字)

刑事「大変です。魚屋の親父が殺されました。」

警部「『ぎょ』とでも言って欲しいのか。で、凶器はなんだ?」

刑事「はい。光り物です。」

警部「ほう、鰯かね、鯵かね。」

刑事「それが、鯖なんです。」

警部「なに、鯖だって、それはやっかいだな。」

刑事「どうしてです?」

警部「犯行時間をサバを読まれてはかなわんからなあ。」

刑事「しかし、目撃者の証言がありまして、どうやら隣町の魚屋が出入

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シルクの海

シルクの海

キャンドルを焚いた。ゆらめく小さな炎と染み込んだアロマの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
開け放たれた窓から吹き込む優しい風に揺れるハンモックを素通りしてベッドに倒れ込む。
薄暗い部屋はさんざ強い光を浴びた瞳をぼんやりと緩めていく。
柔らかいマットレスに沈み込む。深く、深く。
どこまでも、深く。

夢を見た。変な夢だった。
私は随分と大人になっていて、それで今よりもずっと軽い身体だった。
明け方の道

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小説|かき氷シロップを入道雲に

小説|かき氷シロップを入道雲に

 真夏日。かき氷機を箱から出して、あなたは氷を投入口へと入れました。ハンドルを回せば、氷の削れる涼しい音が響きます。ガラス皿に白く積もるかき氷。山盛りになっても、氷はまだ削りきれていないようです。

 網戸から吹き込む生ぬるい風に汗を流しながら、あなたはハンドルを回しつづけました。二枚目のお皿も、いっぱいになります。あなたは残りの氷の量を見てみようと、かき氷機の蓋を開けました。もう氷は入っていませ

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小説|海月は風鈴の音を聴く

小説|海月は風鈴の音を聴く

 捨てられたのか、流されたのか。風鈴が夏の海のなかを漂っていました。海面から射す光のカーテンに、ガラスの身体が青く輝いています。風鈴は、泣いていました。水のなかでは、もうその音色を響かせられないからです。

 風鈴は海中で、もうひとりの風鈴と出会いました。少なくとも、はじめはそう思ったのです。風鈴ではなく、海月でした。世界中を旅している海月。なぜ泣いているのですか? 海月が風鈴に尋ねます。

 海

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小説|ハードボイルドオニオンズ

小説|ハードボイルドオニオンズ

 タマネギと呼ぶなよ。俺たちは、オニオンズ。とある田舎の町外れにあるレストランの厨房で働いている。ふぞろいでクセのある奴ばかりだが、ひとヤマもふたヤマも越えてきた味わい深い野郎どもさ。

 最近、そんな俺たちが目をつけている奴がいる。新入りの赤毛のコック。料理には力もいるが新入りは女だ。慣れない調理で身体に疲れがたまると、食器を割る。具材を落とす。他のコックとぶつかる。見てられねえ。

 深夜、新

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小説|地獄への履歴書

小説|地獄への履歴書

 天国か、地獄か。行き先は死後に書く履歴書で決まります。誰もが生前の良い行いを書いて天国を志望しました。けれど、彼だけは違います。地獄へ届いた履歴書には、こう書かれていました。

「私が貴獄を志望する理由は、大切な人を殺したからです。誰よりも大事に思っていたのに、その人の苦しみに気づけなかったからです。私が気づいてあげていれば、その人が若くして亡くなることはなかったはずです。

 その人は、今ごろ

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小説|銃を持つほうが右

小説|銃を持つほうが右

 右と左のどちらがどちらか、僕はおばあちゃんから教わりましたが、その覚えかたが変でした。「銃を持つほうが右」だと言うのです。銃? 銃とは何でしょう。きいてみると、おばあちゃんも銃が何かは知らないそうです。

 おばあちゃんも、そのおばあちゃんから、そう教えられたようです。同じ質問をおばあちゃんもしたけれど、そのおばあちゃんも銃を知らなかったといいます。銃のことが気になり、僕は近所のもの知り博士をた

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短編小説「愛しています」

短編小説「愛しています」

 朝になると、僕はよく彼女の部屋に遊びに行きます。そっと扉を開いて顔を覗かせれば、彼女はいつも柔らかな微笑みと共に僕を見付けてくれるのです。

「あら、今朝も来てくれたのね」

 彼女の鈴の様な声音が、僕はとても好きでした。
 身の回りの世話をするお手伝いさんが時折忙しくしていることがあるため、部屋に入るのを少しだけ躊躇するのがいつもの癖である僕に、彼女は静かな手招きをしてくれます。

「近くへい

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小説|通学路の歩き方

小説|通学路の歩き方

 どこかの家の夕飯の匂いに包まれながら、あなたは歩いています。今日はカレーかな。考えるともなく考えながら、西日に向かって進んでいました。行く先にある通学路を示す黄色い標識が、光った気がします。

 夕焼けが反射したのかと思ったけれど違いました。標識の中にいたはずの二人の子どもが外に飛び出したのです。兄妹は黄色い光を帯びていました。仲良く手を繋いで、こちらへ歩いてきます。

 少しだけ高いところを歩

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【短編小説】睡蓮に沈む金魚

 睡蓮に喰われる夢を見た。

 睡蓮の蔦が私を縛りつけ、濁った水面へと私を引きづり込んでゆく。
 静かに沈んでいく様に何の抗いも持たず、ただただ目を瞑って流れゆくままに身を任せた。

 半身で感じた水の温度は、感覚を狂わせるほどに冷たい。
 光の届かぬ睡蓮の下で、淀んだ水を肺に詰めながら泥のたまる水底に背中をつける。
 意識が遠のき、ちょうど肺から最後の気泡が漏れ出した瞬間、私はその夢から引き揚げ

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小説|唄う貝がら

小説|唄う貝がら

 祖母の記憶は潮の香りに包まれています。私は祖母と海が大好きでした。祖母が亡くなってからずいぶん経ちますが、祖母と貝がらを拾った日々を、今でも夢に見ます。都内で働くようになった今もそれは変わりません。

 いつも祖母と手を繋いで浜辺へ向かいました。一日中、きれいな貝がらを拾う私を祖母は静かに見守ってくれたものです。波が夕焼けに染まるまで、私はきれいな貝がらを探しました。なぜか帰り道のことは覚えてい

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