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小説|海月は風鈴の音を聴く

 捨てられたのか、流されたのか。風鈴が夏の海のなかを漂っていました。海面から射す光のカーテンに、ガラスの身体が青く輝いています。風鈴は、泣いていました。水のなかでは、もうその音色を響かせられないからです。

 風鈴は海中で、もうひとりの風鈴と出会いました。少なくとも、はじめはそう思ったのです。風鈴ではなく、海月でした。世界中を旅している海月。なぜ泣いているのですか? 海月が風鈴に尋ねます。

 海に涙を溶かしながら、風鈴は海月に苦しい胸のうちを吐き出しました。これまで人びとを癒やすことができたのは、風に響く音があってこそ。鳴る音が私のすべてだった。鳴らない風鈴は、存在している意味がない。

 ガラスの肌を撫でる透明な細い手。僕は世界のすべてを見ようと、旅しています。音が本当にあなたのすべてなのか。似たもの同士、一緒に確かめてみませんか。海は広い。どこかで、あなたを癒やす音も聴こえましょう。






ショートショート No.156

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