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超小型衛星、ボテロのふくよかな魔法 - 新たなスケールの発見による創造

世界で超小型衛星革命が起きています。宇宙政策委員会委員の中須賀真一さんは、NASAが約300億円、ESA(欧州宇宙機関)は約20億円を超小型衛星に投資すると語っています。超小型衛星とは100 kg以下の衛星のこと。50㎏以下の衛星は既に年400~500機以上打ち上げられ実用化されています。


超小型衛星はいかにして生まれたか?


従来の大型衛星は、一台で多くの機能を搭載できますが、開発するのに5年以上の期間と約300億円もの多大なコストがかかります。超小型衛星は単一の機能になるものの、開発期間もコストもかなり抑えることができます。打ち上げるときも、他の衛星などと相乗りできるので、ここでの費用も抑えられます。

この超小型衛星、どのように発想し登場したのでしょうか?

1998年11月に、ハワイに日米の学生が集まり、大学宇宙システムシンポジウム(USSS:University Space Systems Symposium)が行われました。このときに、スタンフォード大学の Twiggs 教授が「CanSat計画」を提案しました。350 mLの缶と同じ大きさの衛星を1年以内に各自で作って、軌道上に乗せ運営するというプロジェクトです。しかし、軌道上にあげるロケットを調達することが困難でした。そこで、固体ロケットを使い高度約 12,000 フィートまで打ち上げ、そこからパラシュート等を利用して落下させ、地上に到達するまでの10~15 分間を使って様々な実験を行うという計画に変更しました。
このプロジェクトは、ARLISS (A Rocket Launch for International Student Satellite) と呼ばれ、1999年に第1回を開催、それ以降毎年行われたそうです。大型衛星では、学生が大学にいる間に開発するのが難しかったのに対し、超小型衛星にすることで、一人の学生が、設計、製造、運営、データ分析まで全ての過程を経験できるようになったのです。

最初は、半分遊び心、半分教育といった目的で始まったプロジェクトが、いまや宇宙開発の主流になりつつあります。スケールを極端に小さくしたことで自由度が大きくなり、いろいろな用途に応用されています。

ボテロのふくよかな魔法


東京・渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されている(2022年4月29日〜7月3日)「ボテロ展 ふくよかな魔法」、南米コロンビア出身の美術家、フェルナンド・ボテロ(1932~)の個展です。超小型衛星とは逆に、すべてのものがふくらんで描かれています。人物も、動物も、果物も。
ふくらんだモチーフに強調する色彩が施され、思わず微笑んだり、こんなふうに描いてしまうんだと驚いたり、とても楽しめる展覧会です。

ボテロがふくらんだ絵を描くようになったきっかけは以下のように言われています。

1956年のある晩、ボテロはアトリエでマンドリンを描いていました。マンドリンの穴をとても小さく描くと、大きな輪郭と細部とのコントラストが生じ、楽器がふくらんで見えました。この時、彼は自分の仕事にとって、重要で決定的なことが起こったと感じたのです。

「ボテロ展 ふくよかな魔法」 章解説

マンドリンの穴を極端に小さくするというスケールの変更を行ったことで、独自の画法を発見し、世界中の人々に愛される作品を生み出すことになるのです。

私の作風は、私の作品の代名詞であるだけでなく、私が後世に残す遺産でもあるのです。

「ボテロ展 ふくよかな魔法」みどころ

展覧会の最後の章は、巨匠たちの名画へのオマージュが並んでいます。その中のひとつ《モナ・リザの横顔》、やはりとんでもなくふくらんでいますが、視線の鋭さに、モナ・リザらしさを感じます。

フェルナンド・ボテロ《モナ・リザの横顔》


大きさの基準に問いを立てる


東京・恵比寿のMA2ギャラリーでも、スケールを超えることを感じさせる展覧会が行われています。髙田安規子さん・政子さん姉妹による「Going down the rabbit hole」。この二人のアーティストは、スケールにフォーカスした作品を創り続けています。トランプに刺繍を施し絨毯に見立てる作品があるのですが、最初に観たときは、トランプがこんなにも変貌してしまうんだと驚いたものです。

今回の展示のテーマは、不思議の国のアリス、アリスは身体が大きくなったり小さくなったり、スケールを飛び超える経験をする中でいろいろな発見をします。

ギャラリーでは、様々なティーカップやチェスのボードを集め展示しています。ネットなどでティーカップやボードが売られていると、どんどん買っていくそうです。予想していたものよりも大きいものが来てしまったりするけれど、そこに新たな気づきがあるようです。

髙田安規子・政子《Curiouser and Curiouser!》(部分)

そして圧巻なのは、いろいろな大きさの椅子を並べた展示。作品のタイトルもまさに《Out of Scale》。大きさやスタイルの異なる1.8 cmから125 cmまでの75脚の椅子が並べられています。この作品の完成像として、100脚揃えて、展示する場所にもともとある椅子と、一つだけ入れ替えるということを考えているそうです。

髙田安規子・政子《Out of Scale》(部分)
髙田安規子・政子《Out of Scale》(部分)

大人用、子供用、ミニチュアぐらいのカテゴリーなら思いつきますが、見事に75脚がグラデーションになっています。それぞれになんらかの目的があって作られたはず。何のために作られたのか、あるいは、作った人の意図とは離れてどんなことに使えそうかを考えてみると、スケールを飛び越えた思考ができそうです。

イギリスに留学してから、作品を二人で制作し始めたのですが、イギリスの生活の中では、椅子や机の高さが違ったり、ものの大きさが日本とは違いました。そういうちょっとしたズレがあることに驚きを感じ、"スケール" というテーマに興味を持ちました。

MOTアニュアル2014ブログ No.19 インタビュー「髙田安規子・政子」

人は、身体を一つの基準として、ものの大きさを認識します。揺るぎないはずである基準があやふやになるとき、何を中心として大きい小さいと判断するのか、そもそも基準とは何か、そうしたものの大きさの認知に問いを投げかける作品を展開しています。

Unknown Sculpture Series No.7
髙田安規子・政子 「 Dissonance 」

新しいスケールの見つけ方


人工衛星のTwiggs 教授も、ボテロも、髙田姉妹も、ほんのちょっとしたことから新しいスケールを見つけています。身の回りのものは、ほとんどがなんらかのスケールに基づいて作られています。ちょっと見方を変えることで、新しいスケールを発見することができるのではないでしょうか。

2022年6月5日の日本経済新聞に「変わりゆく動物園 生誕140年のメッセージ」という記事が出ていました。

北海道の旭山動物園が行動展示を始めてから、動物園は大きく変貌してきました。それまでは人間のスケールで作られていたのが、動物たちのスケールに合わせるようになってきています。この記事では、札幌の円山動物園のゾウ舎について紹介しています。

約6400平方メートルと国内最大級の敷地に、ミャンマーからやってきたアジアゾウ4頭が暮らす。ゾウ舎担当の吉田翔悟さんによれば、床一面に砂を敷き詰めたところ、動物園では「立って眠る」とされたゾウが到着初日から横になって眠り、職員たちを仰天させた。
これまで国内で多くのゾウがコンクリートの床で足を悪くして、立てなくなり亡くなってきた。コンクリートなら掃除がしやすく人間には都合がいいが、ゾウの体重が足にかかる負担を考えれば柔らかな砂の方が望ましい。

「変わりゆく動物園 生誕140年のメッセージ」日本経済新聞

アジアゾウの体高は3.5 mぐらいですが、体重はオスだと4〜5.5トンもあります。これだけの体重を支えなければならない脚には、ものすごい負担がかかっています。ゾウのスケールで考えれば、コンクリートの床はありえないわけです。

いつもとは違うスケールに気づくことで、イノベーションとも言っていい画期的な仕組みを創ることができるのです。

私たちも新しいスケールを見つける旅に踏み出しましょう。







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