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SDGs史 連載中

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SDGs を『Oh. 工学者、時々、哲学』的な視点で概説します。 SDGs が流行りだした潮流のトリビア的な知見を提供しています。
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2021年2月の記事一覧

SDGs史 #9 テックよ、お前もか。

SDGs史 #9 テックよ、お前もか。

 SDGsのロゴのデザインと教育のお話を記事にすると書きました。その前に、少しスパイスを利かせておきたいとこの回を入れ込みました。時代の潮流を観察するには、大切な前振りです。

 このところ北欧を取り上げています。でも、もう一つ1970年代に変貌を遂げた国があります。それがアメリカです。いくつか話題を提示し、エコロジーとテック企業をつなげていきます。

 以前、スティーブ・ジョブズとSDGsを取り

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SDGs史#8 70年代 エネルギーの選択 日本とデンマーク 2/2

SDGs史#8 70年代 エネルギーの選択 日本とデンマーク 2/2

 なぜ、デンマークが世界SDGsランキング1位になったのか??
 なぜ、日本が「化石賞」を受賞したのか??
 SDGs史#7にて、日本とデンマークのエネルギーの構成の違いを記事にしました。この記事では、70年代から今に至った歴史の種明かしを試みます。ザクっとですが、物語り的に書きます。
 日本とデンマークの違いは、現在を考えるうえで、すごくよい事例だと思います。少し長めですが、太字のキーワードだけ

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SDGs史#7 70年代 エネルギー選択の分かれ道 日本とデンマーク 1/2

SDGs史#7 70年代 エネルギー選択の分かれ道 日本とデンマーク 1/2

 『アナと雪の女王1, 2』どちらも大好きです。最近、家具を見に行くと北欧デザインが流行っています。どちらも、日本の自然観、感性にあっていると思っています。

SDGs史では、北欧が舞台となったお堅い話をしています。先端をいく北欧に親和性を持ちつつ、顕著に学ぼうを基本姿勢に記事にしています。

 さて、1970年代のエネルギー選択が、国のその後を大きく左右していた、というお話です。ストック

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SDGs史 #4 「人間環境宣言」6ページから始まる世界の指南書

SDGs史 #4 「人間環境宣言」6ページから始まる世界の指南書

 1972年ストックホルム人間環境会議の最大の成果物「人間環境宣言」を解説します。

 会議では、11日間にわたるタフな対話を経て、「北」側と「南」側は、歩み寄りを見せました。妥協はあったものの合意宣言を出せたのです。
 両者の「人間」と「環境」に関する危機感が可能にしたと思います。
 会議開始の時の雰囲気は、先日、記事にしました。

 会議では、次の6つの主要テーマに絞り、議論を重ねたようです。

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SDGs史#6 国連の環境担当と基金の創設、市民との連携の芽

SDGs史#6 国連の環境担当と基金の創設、市民との連携の芽

 「人間環境宣言」は、それ自体の意義は、これまで記事にしてきました。今回は、宣言を実現する基盤となった展開を書きます。
 *「せっかくなので、ストックホルムの思い出」も記事にしますね。

 3つの会議後の展開を整理します。①国連内に環境担当が出来たこと、次に、②環境問題に投資するための基金を創設したこと、最後は、③「環境の日」の制定です。最後のは、「アース・デー」と絡めて、解説します。

 この3

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SDGs史#5 レイチェル・カーソンさんを改めてご紹介

SDGs史#5 レイチェル・カーソンさんを改めてご紹介

 1972年ストックホルム人間環境会議の開催に大きな影響を与えたお方「レイチェル・カーソン」さんを改めてご紹介します。ある意味、SDGsの産みの親と言えるかもしれません。

 まずは、サムネの写真の説明。2003年4月23日、ピッツバーグにおりました。たままた「Silent Spring」展が開催されていて、フラッと立ち寄ったんです。サムネはその時の写真です。「Silent Spring」というの

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SDGs史 #0 方程式と鶴亀算

SDGs史 #0 方程式と鶴亀算

 SDGs史として、わざわざ事細かに歴史の深掘りし、記事にする意図を書きます。解説書ならたくさん出てるし、『note』でも発信されています。
 自分で最新の知見を持ちながら、歴史から入るのは、自己ブランディング的には、いささか不利な気もします。それでもそうするのは、性分ですね。

 「方程式よりも、鶴亀算が好きだったなぁ。ニヤニヤ。」学生時代、合コンでふと口走ってしまい、気恥ずかしくなったことを思

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SDGs史 #1 "かけがえのない地球 Only One Earth" 1972年6月

SDGs史 #1 "かけがえのない地球 Only One Earth" 1972年6月

 環境省の白書でもSDGsの説明は、1972年のストックホルム人間環境会議から始まります。そこが起点だったんですね。
 個人的には、ストックホルムは国際学会でノーベル賞晩餐会で有名な「黄金の間」でディナーをした思い出の地です。サステイナブル都市でも有名です。歴史を知ると、なるべくしてなったことが分かります。

 歴史を知る意義は、「SDGs史 #0 方程式と鶴亀算」で記事にしました。

 てなわけ

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SDG史 #2 公害がほしい、からの対話

SDG史 #2 公害がほしい、からの対話

 皆が一つになるには、キャッチ―なコピーが欠かせません。例え、中身がないとか、スローガンに過ぎない、と言われようと言葉があることで、深まっていくわけです。かけがえのない地球(Only One Earth)は、まさにその役割を果たしたと思います。

「SDGs史 #1 "かけがえのない地球 Only One Earth" 1972年6月」
をご参照ください。

 先進国は、「公害」というだけでは

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SDGsの科学的裏付け#5 バックキャスティングと多動力

SDGsの科学的裏付け#5 バックキャスティングと多動力

 プラネットバウンダリーで地球の境界線、つまりラインとルールが決めること、その中でSDGsの果たす役割の重要性を記事にしました。そこで、SDGsの特徴を整理します。以前、紹介した蟹江憲史氏の『SDGs(持続可能な開発目標)』の論をお借りすると「仕組み・測る・統合性」がそれにあたります。
 そして、実現に際しては、バックキャスティングという考え方が重要だと強調されています。目指すべき将来の姿を描いて

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SDGsの科学的裏付け#4 クリエイティビティとのつながり。

SDGsの科学的裏付け#4 クリエイティビティとのつながり。

 科学の示す境界線は、私たちの生活を制約するものではなく、むしろ境界があるからクリエイティビティを発揮できる、というお話です。

 科学者が示すように、プラネットバウンダリー・地球の境界線が危機に脅かされているのは、間違いありません。そして、それは数値としても示されます。同時に、写真や映像など芸術を通じて、地球の置かれた悲惨な状況を目の当たりにするかもしれません。でも、課題は山済みだ、と悲観してし

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