工学

東工大は 抗ウイルス薬アラセナの発祥の地

ビタミンB2からウルソへと続く伝統が 更にアラセナへ繋がった 長い間ウイルスに効く薬はできないだろうと考えられていた。この壁を打ち破る画期的な薬(アシクロビル,DNA合成酵素の阻害剤)が1974年に米国の製薬会社で開発され,1988年にノーベル賞に輝いた。本学のビタミン研でも抗ウイルス薬の開発…

【備忘録】聴覚障害×工学な学会まとめ

0.背景まず初めにこの記事の概要です。 ここで紹介するのは医学としての聴覚、音としての聴覚、障害としての聴覚、社会医学としての聴覚、工学としての聴覚について研究発表をしている学会です。 私は音響工学を勉強している修士1年の学生です。 テーマはAPD(聴覚情報処理障害)です。 この聴覚障害…

特定歴史公文書等になった現存最古の入試問題

関東大震災で蔵前キャンパスが灰燼に帰した半年後の入学試験 本拠地だった蔵前の地を離れて最初に入学試験が行われたのは1924年(今から94年前の大正13年)でした。前年の関東大震災で隅田川のほとり蔵前の地にあった校舎が全焼し,大岡山に移転することになったからです。校舎と共に,図書や文書類の…

フェライト研究 ー東工大の三大発明

加藤与五郎・武井武によるフェライト研究 フェライトとは、酸化鉄を主成分とする磁性材料で、戦前から戦後にかけてスピーカーやモーターの磁石、磁気テープやコンピューターの磁気ディスクなどに使われ、現在でもテレビやパソコン、携帯電話、ハイブリッドカーや風力発電など、電気・電子機器の小型・薄…

絶対零度への挑戦 —木下 正雄 ・ 大石 二郎

絶対零度は-273.15℃ 高校の教科書に載っているこの数字の小数点以下2桁目の決定打を放ったのは東工大でした。 本学が大学(旧制)に昇格して間もない頃に新設された物理学教室の木下正雄と大石二郎は、測定の中でも最も難しいとされる温度の精密測定に成功しました。 ドイツ滞在中に、日本の温度測定…

オートファジーの仕組みの解明 ー大隅 良典

研究概要 オートファジーの歴史は、半世紀以上前に遡ります。1963年、ベルギーの生化学者のクリスチャン・ド・デューブ博士は、細胞が自身の細胞質成分の一部を膜で包み、消化酵素を含む小器官の「リソソーム」に運んで巾着状の小胞を形成し(オートファゴソーム)、分解する現象を観察し、オートファ…

「電気を通すプラスチック」の発見 ー白川 英樹

研究概要白川は、東京工業大学時代、神原周教授らに学びました。研究室では、助手の旗野昌弘らが1960年代初期からポリアセチレンの研究をしていました。当時のことを、白川はこう記しています。 「神原・旗野グループは、多くの困難を克服しながら電気的・磁気的性質の研究を行い、世界に先駆けてポリ…

電気計測器

展示されている電気計測器類は、長年にわたって電気電子工学科の学生実験室に設置されていたものです。1924(大正13)年や1925年に購入された米国Weston社製の直流電圧計および電流計・電力計などは、1923年の関東大震災後、蔵前から大岡山にキャンパスが移転した際に購入されたものだと考えられます。…

理論と実践を噛み合わせた歯車研究 —中田考

中田孝(1908(明治41)年~2000(平成12)年、東京浅草生まれ)は、1928年東京高等工業学校機械科を卒業、翌年4月、新設の東京工業大学機械工学科に第一回生として入学。卒業後は、母校の助手、助教授(精密工学研究所員)、教授、精密工学研究所長を2回勤めました。 中田は、豊かな独創力に加えて…

生物の動きに発想を得たロボットの開発 —広瀬茂男

広瀬茂男(1947年東京都生まれ)は、1971年、横浜国立大学工学部を卒業し、東京工業大学大学院に進学しました。広瀬は、東工大の修士学生として研究を始めたとき、「ヘビは足が無いのになぜ前に進めるのか」を解明することに決めました。 まず初めに、ヘビの運動を文献で調査し、仮説を立て、蛇行運動…