shohta_yngw

1979年小樽生まれ。不惑を迎えても尚未だ惑う日々。

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1979年小樽生まれ。不惑を迎えても尚未だ惑う日々。

記事一覧

〈詩〉ボールキャッチ

ボールが、放られる。 僕はそのボールを取ろうとして、わざと転ぶ。 公園の芝生の匂いがする。 眩しい日差しが差している。 ボールを放ったおばあちゃんが、笑っている。 …

shohta_yngw
4か月前
2

〈詩〉あなたのもの

あなたのために用意されたものが、 もうあなたのものではありません。 あるじを失ったものは、口を噤んでいます。 鼻を近づけて、目を閉じて、耳をすましてみます。 この…

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4か月前
2

〈詩〉あんたのおかげ

ミスターゲームチェンジャー。 あんたはいつも天邪鬼。 人と違うことを言っては、 注目を浴びようとしている。 それにうっとりしている連中がいるんだから、 本当に世の中…

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4か月前
2

〈詩〉一匹

新宿中央線。 ホームに向かって、エスカレーターで下りる。 8時37分。 眼下のホームには数多のわらじ虫が溢れかえっている。 そして、エスカレーターを使って、こちら側へ…

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5か月前
3

〈詩〉グライダー

ヘイ、グライダー。 そこから海は見えるかい。 地上より宇宙の方が近いって信じて、 どこまでも遠くへ飛んでいけ。 ヘイ、グライダー。 雨が降ったって気にしちゃいけない…

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5か月前
1

〈詩〉ミッシェル

ミッシェルを教えてくれたおまえはもういない。 信じられないだろうけど、ミッシェルはもう2/4なんだ。 まさかそっちで、また組んでたりしないよな。 そうだとしても、羨…

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5か月前
5

〈詩〉ペイン 或いはミサイルと帯状疱疹

空襲警報が聞こえる。 鎮痛薬による幻聴。 汗で湿気たベッド。 暗がりに浮かぶ時刻は、23:27。 此処は、ミサイルの落ちるオデーサでも、ガザでもなくて、 物欲や、悪口や、…

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5か月前
1

〈詩〉上京

にび色のJAL機が、にび色の雲を割って、降下を始める。 少し身を乗り出して、隣の席ごしに窓を見ようとすると、サラリーマンが、前を向いたまま顔を顰めて、寝たふりをする…

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5か月前
1

〈詩〉旅

私は、一体いつから人様の前で嘔吐するような人間になってしまったのか。 旅の恥は掻き捨て。 そうだ、きっと今は旅の途中なのだ。

shohta_yngw
5か月前
3

〈詩〉野良ハスキー

1990 稚内 11才 雪が降ってて、小学校帰り。 捨てられて野良犬になったハスキー犬が、ふらり現れて、こちらを見ている。 野良ハスキーで塞がれた、下校道。 ランドセルには…

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5か月前
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〔詩〕ビーフジャーキー

ビーフジャーキーのジャーキーってなんだろう、と彼女は言った。 邪気じゃき、と僕は言ったけれど、彼女には通じない。 じゃきじゃき。 そんなあなたはジャンキーね、と彼…

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5か月前
2

〔詩〕円

両の腕で円を造る。 円の縁に載せられた生後20時間の私の娘は、温かだった。 母の父が、両の腕で円を造る。 円の中に、私の父が立っている。 私の母の手術が、成功したと…

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5か月前
2

私とロシア

塩化銅水溶液を電気分解した。塩化銅が水にとけてイオンに分かれるようすを、イオン式を使って書きなさい。 その問題の解き方について教師が説明しようとした矢先、胃の底…

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2年前
3

ギムレットには早すぎる(前編)

昭和63年式のトヨタ・ソアラは日本初のオートマチックターボ車で、アクセルを踏み込むと、高い音と共に加速する。 私は、大学生だった当時、サークルの友人からそのソアラ…

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2年前
3

春に伝えること

花が綻び始め、温もりのような風が今年も吹き始めた。 暦ではなく、この感触が、彼の居なくなった春という季節の訪れを気付かせる。 娘が小学生になる。 彼女が産声を上げ…

shohta_yngw
2年前
6
〈詩〉ボールキャッチ

〈詩〉ボールキャッチ

ボールが、放られる。
僕はそのボールを取ろうとして、わざと転ぶ。
公園の芝生の匂いがする。
眩しい日差しが差している。
ボールを放ったおばあちゃんが、笑っている。
わざと転ぶと、おばあちゃんは喜んで笑ってくれる。
それを知った僕は、多分3才か4才で、
おばあちゃんが放ったボールを取るふりをしては、笑いながら、何度もわざと転ぶ。
おばあちゃんは、その度に笑う。
この僕の最古の記憶は、
おばあちゃんの

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〈詩〉あなたのもの

あなたのために用意されたものが、
もうあなたのものではありません。

あるじを失ったものは、口を噤んでいます。
鼻を近づけて、目を閉じて、耳をすましてみます。

このにおいはいつか、これから先わたしだけのにおいとなるのでしょうか。
この暗がりに浮かぶあなたの姿が、これから先も見続けることとなる姿なのでしょうか。
この音と声は、これから先都合よく変調してしまうのでしょうか。

もうあなたのものではな

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〈詩〉あんたのおかげ

ミスターゲームチェンジャー。
あんたはいつも天邪鬼。
人と違うことを言っては、
注目を浴びようとしている。
それにうっとりしている連中がいるんだから、
本当に世の中タチが悪い。
誰が名付けたその名前。

空を飛んでいるのは鳥なんだぜ。
魚が羽ばたいているみたいな物言いをして、
一体あんたは何を生み出しているんだ。

もしかすると、
分断や、
空爆や、
人種差別や、
冤罪や、
不貞や、
背信や、

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〈詩〉一匹

新宿中央線。
ホームに向かって、エスカレーターで下りる。
8時37分。
眼下のホームには数多のわらじ虫が溢れかえっている。
そして、エスカレーターを使って、こちら側へと這い上がってくる。
コンクリートブロックを掴んで、持ち上げた時の、あの大群。

俺は、どうかしてしまったのだろう。
俺だって、雨樋を滑り下り、別の大群に合流しようとしている一匹のわらじ虫だというのに。

〈詩〉グライダー

ヘイ、グライダー。
そこから海は見えるかい。
地上より宇宙の方が近いって信じて、
どこまでも遠くへ飛んでいけ。

ヘイ、グライダー。
雨が降ったって気にしちゃいけないよ。
その紫の傘なんか刺さなくたって、
また出てきた太陽で髪を乾かせ。

ヘイ、グライダー。
エンジンを積んでるつもりになっちゃ困るよ。
誰かが山の頂まで運んでくれて、
その力で風に乗っているだけなんだからさ。

ヘイ、グライダー。

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〈詩〉ミッシェル

ミッシェルを教えてくれたおまえはもういない。
信じられないだろうけど、ミッシェルはもう2/4なんだ。
まさかそっちで、また組んでたりしないよな。
そうだとしても、羨ましいなんて思ったりはしないよ、絶対に。

なぜか俺にだけさよならを送らなかったおまえは、おっちょこちょいだったのか、優しかったのか、あるいは気の利いたことを言えずじまいだった俺へのあてつけだったのか。
若い頃は、その事に随分悩んだりし

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〈詩〉ペイン 或いはミサイルと帯状疱疹

空襲警報が聞こえる。
鎮痛薬による幻聴。
汗で湿気たベッド。
暗がりに浮かぶ時刻は、23:27。
此処は、ミサイルの落ちるオデーサでも、ガザでもなくて、
物欲や、悪口や、ゴシップや、出会いに感謝や、無関心などが落ちる、東京。

医師は言う。
子供の時分に罹った水疱瘡が神経に潜んでいたのだと。
廃墟化したビルディングに潜む兵士。
迷彩服を纏ったヘルペスウィルス。
後頭部に出現した帯状疱疹は、火傷のよ

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〈詩〉上京

にび色のJAL機が、にび色の雲を割って、降下を始める。
少し身を乗り出して、隣の席ごしに窓を見ようとすると、サラリーマンが、前を向いたまま顔を顰めて、寝たふりをする。
にび色の海に、にび色の都市が、斜めに見える。
空気までがにび色なので、きっと地面には、見たこともないような大きな鼠たちが、いるんだろう。
こうして初めて、つい先程まで居た場所が、色彩に溢れ、澄み渡った、特別なところであったことを、知

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〈詩〉旅

私は、一体いつから人様の前で嘔吐するような人間になってしまったのか。
旅の恥は掻き捨て。
そうだ、きっと今は旅の途中なのだ。

〈詩〉野良ハスキー

1990
稚内
11才
雪が降ってて、小学校帰り。
捨てられて野良犬になったハスキー犬が、ふらり現れて、こちらを見ている。
野良ハスキーで塞がれた、下校道。
ランドセルには、ソプラノリコーダー。
吹いたら、どうにかなるんじゃなかろうか。
ピー、ピピー。ピー。
身じろぎ一つしない野良ハスキーは、じっとこちらを見つめる。
不意に、吠える。
ウグー、ウグー、ウオウ。
そして、足を引きずるように、いずこか

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〔詩〕ビーフジャーキー

ビーフジャーキーのジャーキーってなんだろう、と彼女は言った。
邪気じゃき、と僕は言ったけれど、彼女には通じない。
じゃきじゃき。
そんなあなたはジャンキーね、と彼女はマスカラを付ける。鏡も見ないで。

床にはビールの空き缶。自分で巻いた紙巻き煙草。シラバス。そしてビーフジャーキーの袋。
外は阿保みたいにベストの青空。5月の10時。
いつもと同じ朝だったし、いつもと同じおしゃべりだったんだ。

だけ

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〔詩〕円

両の腕で円を造る。
円の縁に載せられた生後20時間の私の娘は、温かだった。

母の父が、両の腕で円を造る。
円の中に、私の父が立っている。
私の母の手術が、成功したときのこと。

母の父が、両の腕で円を造る。
円の中に、私が立っている。
私の娘が生まれて、ひと月後のこと。

母の父が、両の腕で円を造る。
円の縁に載せられた米袋は、私の娘の目方と同じもの。初孫の私を想起していたみたい、と私の母は言う

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私とロシア

私とロシア

塩化銅水溶液を電気分解した。塩化銅が水にとけてイオンに分かれるようすを、イオン式を使って書きなさい。
その問題の解き方について教師が説明しようとした矢先、胃の底が持ち上がるような破裂音が外からした。教室の窓ガラスがビリビリと震えた。生徒たちが、驚愕で、呻く。
教師は説明をしばらく止め、何事もなかったように授業を再開しようとした。けれどもまた、轟音がドンと響いて窓が小刻みに揺れた。
外を見る。
戦車

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ギムレットには早すぎる(前編)

ギムレットには早すぎる(前編)

昭和63年式のトヨタ・ソアラは日本初のオートマチックターボ車で、アクセルを踏み込むと、高い音と共に加速する。
私は、大学生だった当時、サークルの友人からそのソアラの中古を7万円で譲り受けることに合意し、結局その代金を踏み倒して、4年ほど乗り続けていた。

そのソアラに乗ることとなる前段の話になるが、私は自動車免許を取るための費用を捻出するために、八王子のホテルのバーでアルバイトをしていた。19歳か

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春に伝えること

花が綻び始め、温もりのような風が今年も吹き始めた。
暦ではなく、この感触が、彼の居なくなった春という季節の訪れを気付かせる。

娘が小学生になる。
彼女が産声を上げたその年、私は何度も彼を側に感じていた。
彼は一体いくつもの小さな命をこの世界に取り上げてきたのだろう。
もしかすると、本来産まれてこなかったかもしれない命も、この世界に運んできたかもしれない。
私は、壊れてしまいそうな小さな赤ん坊に触

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