shohta_yngw

1979年小樽生まれ。不惑を迎えても尚未だ惑う日々。

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1979年小樽生まれ。不惑を迎えても尚未だ惑う日々。

最近の記事

〈詩〉グライダー

ヘイ、グライダー。 そこから海は見えるかい。 地上より宇宙の方が近いって信じて、 どこまでも遠くへ飛んでいけ。 ヘイ、グライダー。 雨が降ったって気にしちゃいけないよ。 その紫の傘なんか刺さなくたって、 また出てきた太陽で髪を乾かせ。 ヘイ、グライダー。 エンジンを積んでるつもりになっちゃ困るよ。 誰かが山の頂まで運んでくれて、 その力で風に乗っているだけなんだからさ。 ヘイ、グライダー。 俺はもう地上に降り立ってしまったけれど、 お前が飛んでいる姿を見てハッピーなんだ

    • 〈詩〉ミッシェル

      ミッシェルを教えてくれたおまえはもういない。 信じられないだろうけど、ミッシェルはもう2/4なんだ。 まさかそっちで、また組んでたりしないよな。 そうだとしても、羨ましいなんて思ったりはしないよ、絶対に。 なぜか俺にだけさよならを送らなかったおまえは、おっちょこちょいだったのか、優しかったのか、あるいは気の利いたことを言えずじまいだった俺へのあてつけだったのか。 若い頃は、その事に随分悩んだりしたけど、もう時間を使うのはやめたんだ。 詮索は100年先でも出来るから。 あの

      • 〈詩〉ペイン 或いはミサイルと帯状疱疹

        空襲警報が聞こえる。 鎮痛薬による幻聴。 汗で湿気たベッド。 暗がりに浮かぶ時刻は、23:27。 此処は、ミサイルの落ちるオデーサでも、ガザでもなくて、 物欲や、悪口や、ゴシップや、出会いに感謝や、無関心などが落ちる、東京。 医師は言う。 子供の時分に罹った水疱瘡が神経に潜んでいたのだと。 廃墟化したビルディングに潜む兵士。 迷彩服を纏ったヘルペスウィルス。 後頭部に出現した帯状疱疹は、火傷のよう。 師団の兵士は散り、 頭に張り巡らされている神経のすべてを、刺す。 熱した針

        • 〈詩〉上京

          にび色のJAL機が、にび色の雲を割って、降下を始める。 少し身を乗り出して、隣の席ごしに窓を見ようとすると、サラリーマンが、前を向いたまま顔を顰めて、寝たふりをする。 にび色の海に、にび色の都市が、斜めに見える。 空気までがにび色なので、きっと地面には、見たこともないような大きな鼠たちが、いるんだろう。 こうして初めて、つい先程まで居た場所が、色彩に溢れ、澄み渡った、特別なところであったことを、知った。

        〈詩〉グライダー

          〈詩〉旅

          私は、一体いつから人様の前で嘔吐するような人間になってしまったのか。 旅の恥は掻き捨て。 そうだ、きっと今は旅の途中なのだ。

          〈詩〉野良ハスキー

          1990 稚内 11才 雪が降ってて、小学校帰り。 捨てられて野良犬になったハスキー犬が、ふらり現れて、こちらを見ている。 野良ハスキーで塞がれた、下校道。 ランドセルには、ソプラノリコーダー。 吹いたら、どうにかなるんじゃなかろうか。 ピー、ピピー。ピー。 身じろぎ一つしない野良ハスキーは、じっとこちらを見つめる。 不意に、吠える。 ウグー、ウグー、ウオウ。 そして、足を引きずるように、いずこかへ。 あの野良ハスキーは、子孫を残せただろうか。 俺は、残せた。 隣で眠る娘の寝

          〈詩〉野良ハスキー

          〔詩〕ビーフジャーキー

          ビーフジャーキーのジャーキーってなんだろう、と彼女は言った。 邪気じゃき、と僕は言ったけれど、彼女には通じない。 じゃきじゃき。 そんなあなたはジャンキーね、と彼女はマスカラを付ける。鏡も見ないで。 床にはビールの空き缶。自分で巻いた紙巻き煙草。シラバス。そしてビーフジャーキーの袋。 外は阿保みたいにベストの青空。5月の10時。 いつもと同じ朝だったし、いつもと同じおしゃべりだったんだ。 だけど彼女がうちに来たのは、それきりで。 10こも年上の数学講師なんかを好きになっち

          〔詩〕ビーフジャーキー

          〔詩〕円

          両の腕で円を造る。 円の縁に載せられた生後20時間の私の娘は、温かだった。 母の父が、両の腕で円を造る。 円の中に、私の父が立っている。 私の母の手術が、成功したときのこと。 母の父が、両の腕で円を造る。 円の中に、私が立っている。 私の娘が生まれて、ひと月後のこと。 母の父が、両の腕で円を造る。 円の縁に載せられた米袋は、私の娘の目方と同じもの。初孫の私を想起していたみたい、と私の母は言う。 両の腕で円を造る。 円の中に、骨となった母の父が入った箱がいる。 死後20

          私とロシア

          塩化銅水溶液を電気分解した。塩化銅が水にとけてイオンに分かれるようすを、イオン式を使って書きなさい。 その問題の解き方について教師が説明しようとした矢先、胃の底が持ち上がるような破裂音が外からした。教室の窓ガラスがビリビリと震えた。生徒たちが、驚愕で、呻く。 教師は説明をしばらく止め、何事もなかったように授業を再開しようとした。けれどもまた、轟音がドンと響いて窓が小刻みに揺れた。 外を見る。 戦車が数台見える。こちらに向かっている。 その横を迷彩服の数名が機動銃をパラパラと乾

          私とロシア

          ギムレットには早すぎる(前編)

          昭和63年式のトヨタ・ソアラは日本初のオートマチックターボ車で、アクセルを踏み込むと、高い音と共に加速する。 私は、大学生だった当時、サークルの友人からそのソアラの中古を7万円で譲り受けることに合意し、結局その代金を踏み倒して、4年ほど乗り続けていた。 そのソアラに乗ることとなる前段の話になるが、私は自動車免許を取るための費用を捻出するために、八王子のホテルのバーでアルバイトをしていた。19歳から20才にかけての話である。 未成年で酒も飲んだことのない私がホテルバーをバイト

          ギムレットには早すぎる(前編)

          春に伝えること

          花が綻び始め、温もりのような風が今年も吹き始めた。 暦ではなく、この感触が、彼の居なくなった春という季節の訪れを気付かせる。 娘が小学生になる。 彼女が産声を上げたその年、私は何度も彼を側に感じていた。 彼は一体いくつもの小さな命をこの世界に取り上げてきたのだろう。 もしかすると、本来産まれてこなかったかもしれない命も、この世界に運んできたかもしれない。 私は、壊れてしまいそうな小さな赤ん坊に触れながら、幾度もそう思ったものだった。 その頃、傍らのテレビでは、イギリスのフッ

          春に伝えること