怪異『瘤絞』
負の条件の集積体「妖怪」
その存在はいつだって時代の深層部にひそむ想像力と深く、激しく結び付く。
『座敷わらし』『ぬらりひょん』『鵺』『口裂け女』そして『瘤絞』
二十余年程の昔、海辺の家の梁下で、幼い私は眠っていた。波の音が絶え間なく、衣服はいつも潮風にざらついている。日焼けも関せずのお年頃にとって、心地好い昼寝処だった。
ここは伯母の家で、私は家族の諸般の事情により、十日程この家に滞在していた。朝から一人で海辺に行き、疲れたら軒下で昼寝をする。それが毎日の日課である。
そんな日課の最中、目下十五時、足に纏わるヌメリとした感触に私は目を覚ます。右足首に大量の海草が巻き付いていた。
急いで伯母に報告した。すると伯母は険しい顔をして私の頭を撫で回す。そして何かに気付いた伯母は神妙に口を開いた。これは「瘤絞」の仕業だと。
怪異『瘤絞』とは
曰く伯母の住む島に伝わる妖怪で『海人』の亜種。全身に海草を纏った、海で潰えた怨念の塊である。悪さをした子どもを殴り気絶させ、海に引きずり込む妖怪。らしい。
伯母の詰問に、私は泣き詫びた。一人で海に行ったこと、家事を手伝わないこと、ご飯を残すこと、伯母と交わした約束の沢山を反故にしていたこと。伯母は、良い子にしていたらもう大丈夫だと、最後は優しく宥めてくれた。
…幼い子どもには効果的だったと思う。『瘤絞(コブシメ)』という名前は好物の昆布締めから取ったのだろう。やんちゃな子どもの頭には瘤が無い方が稀だろうし、海草なんて大人が少し潜ればいくらでも手に入る。怪異『瘤絞』は伯母と私の間にしか存在し得ない「妖怪」であった。
妖怪とは神の零落したものだという説がある。私は神より妖怪に惹かれる。人間の想像力の中で、人間の規範の外で形象化し続ける彼らは『哀しみ』と『可笑しみ』を背負っているから。今では瘤絞すら、何とも滑稽に愛おしく思える。
ところで、妖怪の持つ霊魂には二つの側面があるらしい。人に凶事をもたらす『荒魂』と吉事をもたらす『和魂』である。瘤絞の和魂はなんだったのろう。伯母に聞いてみた。曰く「出汁」らしい。怪異瘤絞に日々感謝しようと思う。
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