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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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2021年1月の記事一覧

偽の封じ手

偽の封じ手

「封じ手は……」

 えっ?
 読み上げられた一手を聞いて名人の表情が変わった。手元に引き寄せた図面を見て、表情は一層険しくなった。
「局面が……」
 どうも局面が間違っているようだ。
「あなたは……」
 挑戦者も事の異変に気づいた。
「別人だ!」
 局面も封じ手も夕べから引き継がれたものとは違い、勝手に創作されたものだった。男は少し肩を落として自分の非を認めた。
「私の作った定跡を名人戦の大舞台

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12小説のリフレイン

12小説のリフレイン

「ぱっさぱさするな」
「15グラム」
「ここはプロテインのカテゴリじゃないか」
「強くなりたい人が多いからね」
「違う。僕はもっと色んなところに行きたい」
「だったらおでかけのカテゴリだな」
「そうじゃない。心の旅がしたいんだよ」
「ガジェットじゃないの」
「違う。小説だ!」

「小説? どうせ始まって終わるだけでしょ」
「だから?」
「何になるのかな」
「馬鹿だな。終わるからいいんじゃないか」

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天空の正座(IFの未来)

天空の正座(IFの未来)

 情報は突然私を呑み込んで、虚無へと突き落とそうとするようだ。私は不安の中を歩いている。「手を読む」ということは、ただ直線的に先を読むということではない。種々の可能性について枝を広げながら、時に疑い深く、内なる声に耳を傾け、道を歩いて行くことだ。
 どれだけ行っても、見えているのは私の周りのほんの一部のような気がする。いくら読んでも、私は私自身を見ることができない。対局というルールの中では、私は外

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疑惑の人

疑惑の人

「者共、疑ってかかれー!」
 うわーっ、僕がいったい何をしたんだ?
「お前元気か?」
「お前起きてるか?」
「お前さそり座か?」
「どこから来たかー」
 一気になんなんだ?

チャカチャンチャンチャン♪

「もっともっとかかれー!」
 何だ? 何が目的なんだ
「お前家から来たか?」
「お前仕事するか?」
「お前兄ちゃんおるか?」
「お前人間嫌いか?」
「夢あるか?」
 何と返せばいいのやら……

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炬燵にみかん(神さまの許し)

炬燵にみかん(神さまの許し)

 炬燵の上にみかんを置いたままリーダーは神さまをたずねて出て行った。

 意味、意義、使命。そんなものたちに取り巻かれて疲れてしまった。そんな時、炬燵の上に置かれたみかんを見た。
 その時、私たちは突然に恐ろしく謙虚な気持ちになったのだ。そこにみかんがある。手を伸ばしてもいい。だけど、あえてそうすることもない。むしろずっと眺めていてもいい。いつか食べる瞬間のことを想像してみるのもいい。手を伸ばさな

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スロー・インプット(ゆとり時代)

スロー・インプット(ゆとり時代)

 捜査官は容疑者をゆったりと泳がせていた。何も急く必要はない。1パーセントの見込み捜査も持ち込まない。そいつが現代的なコンプライアンス。誤認逮捕はかなわない。あくまでも慎重に、捜査はゆったりと行うものだ。容疑がはっきりと固まるまでは見失わない範囲で泳がせる。200年、300年、たっぷりと時間をかけて。積み上げられた捜査資料の中身は殴り書きのままになっている。整えるには早すぎる。(そういう時代だ)

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危険な男

危険な男

「ここからは駄目だよ」
「どうして止めるのじゃ?」
「危険ですから、下がってください」
「幾多の危険を越えてここまでやってきた」
「本当に駄目だからね」
「本当に危険なのは、前に進まないことだ」
「立ち入り禁止なんだって!」

チャカチャンチャンチャン♪

「近頃は何も怖くなくなった。落ちた物でも平気で食える」
「駄目だよ」
「無敵じゃ。水の中でも歩けるほどに」
「無理だから。帰ってくださーい」

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スピード勝負

 安定した仕事がしたくて軍に入った。命の危険は全くない。こんな田舎まで、どこの誰が攻め込んでくるものか。しかし、そんな平和への幻想は突然打ち砕かれることになった。

ピッピッピッピッピッピッピッピッピッ……♪

 地球アラートが発動された時、敵は近くに迫っていた。重要な拠点である火星は、既に劣勢に追い込まれているらしい。
 初めての実戦か。こんなことになるなんて、完全に想定外だ。

「勝ち目がない

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裏切りの朗読会

裏切りの朗読会

「今回は夜食と若者をテーマに持って参りました。20時以降の議員以外の夜食は是非これを控えていただきたい。特にポテトスナック、カップ麺、たこ焼き、ピッツァ、チャーハン、半チャンセット、またそれに伴うデリバリー等は、是非これを控えていただきたい。このように考えております。専門家の方からもそこは急所であるとご指摘がありました。

 20時以降、議員大臣以外特に炭水化物、炭酸飲料、うすしお、コンソメ、のり

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テレフォン(師匠の力)

テレフォン(師匠の力)

 名人の手は重厚でとろみがかっていた。密かにあたためてあった新手に違いなかった。これはちょっとやそっとじゃ指せないぞ……。

「テレフォンお願いします」
 私は記録係に(テレフォン)の権利を使うことを宣言した。10秒ほどで師匠につながった。
「師匠。あけましておめでとうございます」
 挨拶もそこそこに早速本題に入る。これこれこうでこういう局面なんですけど、ちょっと難しくて……。

「1時間で答えて

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【小説】小説をどうぞ

【小説】小説をどうぞ

「小説をどうぞ」

「ありがとう」

 小説をもらうのは初めてだった。しかも私が最も待ち望んでいた瞬間にやってきたのだ。私は小説がないと生きられない人間だ。もう思い出せないくらい、ずっとずっと昔からだ。ある時、私は小説によって生まれ変わったのだと思う。どんなに現実世界が上手くいかない時にも、一度小説の中に逃げ込めば、すべてが変わる。小説の中には光がある。夢があり理解者がいて温かい人の声が聞こえる。

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冒険寿司

冒険寿司

 私を作っているものについて考えている。
 私は誰といた?
 どこにいた? 何を食べてきた?
 どうして私は私を問うのだろう?
 答えのない問いの中をさまよっていると行き着くところは空腹だ。
 ああ、寿司だ。
 寿司が食べたいぞ。
 お金なんてない。だけど、冒険心が潜らせる暖簾があるのだ。



「へい、いらっしゃい」
 基本のない寿司店だった。
 マグロやハマチなんてありゃしない。
 だから、

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ログイン・アウト

ログイン・アウト

 本家のパスワードは忘れてしまったが、心配は無用。あらゆる場所はチェーンでつながっていて、私の立場をサポートしてくれる。選択肢が多いほど、何かあった時に安心だ。今日はどこから入ろうかな。
「アカウントが行方不明です」
 ツイッターでのログインは失敗したが、まあどうってことはない。
 気持ちを切り替えてアクセスを試みる。

「パスワードがちがうようです」
「IDが見つかりません」
 グーグルも駄目、

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モダン・オーケストラ

モダン・オーケストラ

 指揮者は時が満ちるのを待っていた。
 待つことを忘れた現代人にとって、それはどれだけ長い時間だっただろう。打楽器も弦楽器も物音一つ立てない。奏者はみんな魂を研ぎ澄ますように静止している。
 動くものをとらえることに慣れすぎてしまった。動かないものたちの前には、戸惑いだけが広がって行くようだ。きっと聴き手にとっても心をあけておくための大切な時間に違いない。

(始まったら聴き入ってしまうのだろう)

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