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小説

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小説と言えるものを、企画を問わずに全てまとめたものです。
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#立命館大学

幼い日をしまって / チあき

幼い日をしまって / チあき

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。

 真也がそのぬいぐるみと出会ったのは、なんでもないような夏の日だった。彼の母からのプレゼントだった。その日が誰かの誕生日だったというわけでもなく、もしかしたら母の、本当にただの気まぐれだったのかもしれない。
 自分がいくつだったのかすら、そのうち忘

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地球の子 / 紀政諮

地球の子 / 紀政諮

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。



 会場は自由席だった。植民百年を誇るように全て木で出来た椅子の、いちばんいい席をひろう。フードを深く被る。座面に置かれたパンフレットをとる。使い捨て鉛筆をつまみ、アンケート欄をひらこうとした。

 かたん。意味もなく、照明が落ちる。

「本日

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あの夏、お前からAV借りた。 / 虫我

あの夏、お前からAV借りた。 / 虫我

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。


 カーテンは閉め切っていた。ヘッドホンから流れる名前の知らない曲が、外界の音を遮る。現時刻が昼なのか夜なのか分からない。ただ机上のモニターと手元のタブレットだけが、真っ暗な部屋の唯一の光源だった。
 ペンを動かし、背景のパースが崩れていないかを

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ダンボールシェルター 後編 / 志宇野美海

ダンボールシェルター 後編 / 志宇野美海

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。

五 

 帰りの会が終わると皆わらわらと帰りだす。私は無理やり教科書を鞄に詰めた。不器用だからか、適当な性格だからか、なかなかうまく鞄に教科書が入ってくれない。いつも押し込んでしまうので時間がかかるわりに教科書の扱いは別に丁寧ではない。今日も、皆よ

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ダンボールシェルター 前編 / 志宇野美海

ダンボールシェルター 前編 / 志宇野美海

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。



 七畳の部屋にいくつもの段ボールが散乱していた。引っ越しの荷ほどきがようやく終わった。荷物は案外多かった。人間一人がそこそこの生活をしようと思ったらこんなにもモノが必要なんだと実感する。段ボールを片す気にはなれなかった。その余力がなく、出来れ

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気持ちが冷める前に / ポポネ

気持ちが冷める前に / ポポネ

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。

 憎悪と嫌悪というものは、存外全く違うものに思う。それを知るには昔の自分はあまりにも青く、感情に疎すぎた。自分がそれに気付けたのは、あくまでも重ねた年月故のものだろう。そうでなければ、己が心の内にある感情を説明できないのだ。

 重ねた年月は手の皺

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山鹿茂睡「アナモルフ」後編

山鹿茂睡「アナモルフ」後編

「ほら、ゾンビさん行くよ?」
 日没を感じさせない渋谷駅の光は、この世のものではない住人が支配していた。三笠はメイドゾンビと流行に乗ったコスプレをしてきた。特に調べるでもなく、周りを見ればそれが流行りなのかどうかイイジマにも理解ができた。視界に収まりきらない無数の人々は混ざることなく渋谷の光を反射させていた。
「メイドゾンビ、チャイナドレスの男、黄色いネズミに、青い猫? あれは総書記とSP!? バ

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山鹿茂睡「アナモルフ」前編

山鹿茂睡「アナモルフ」前編

 軽快な出囃子とともに噺家の歩みが終わる。
「えぇ臆病な私にはたくさん怖いものがありまして、そのうち感染症というものがいちばん怖い。症状が現れた時にはもう手遅れときますからね。虫の世界でも寄生というものがありまして、アナモルフという無性生殖で増えていく菌類がございます。どの菌を顕微鏡で見ても同じ形をしている。秋の山にキノコ狩りに行きますと根っこには寄生された虫が繋がっていた、なんてことが稀にありま

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長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」後編

長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」後編

「ダン!」
 そのまま扉はバタン、と閉まってしまった。劣化の具合を差し引いても不自然に重厚な音だった。それっきり何の物音も聞こえてこない。
 数分後、ドナベールは勇気を振り絞ってドアの前に立つ。長身のドナベールよりも更に細長いドア。ドアに触れるだけで生気を吸い取られるようだ。
「……はぁー」
 開けたくは無い。だが超常的な何かを信じているわけでも無い。この恐怖から察するに中にいるのはひどくても多分

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長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」中編

長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」中編

 二日間街道を行き、道中野営などをしながら目的地の村に到着した。軒先、門、その他様々なところにカボチャのランタンが飾り付けられ、魔除け目的の仮装をした子供達が家々を練り歩いている。
「とりっく、おあとりーと! 旅のおねーさんおかしちょーだい」
「よおしかわいい坊や達。とっておきのケーキだ持って行け」
「ありがとー!」
 今日何度目かのやり取り。普段絶叫だとか断末魔だとか、異端を罵倒する声だとか呪詛

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長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」前編

長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」前編

 ドナベールは神を信じない女だ。
「なあダン、神は燃えると灰になると思う?」
「なるさ。現にほら、燃えてる」
 燃えさかる木で出来た偶像。割れ落ちるステンドグラス。悲鳴が凝集したかのように苦悶の表情を浮かべる焼死体群。二人の視線の先、闇夜を照らしながら教会は鮮やかに燃えていた。
「いやあ、神を信じるとは罪だねぇ。何故見えない、存在しないものに縋るのだろうか? 私には到底理解が出来ない」
 ドナベー

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