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#創作大賞2024

【#創作大賞2024】ドシャえもん第1話

【#創作大賞2024】ドシャえもん第1話

めくれ上がったTシャツから出た腹をそのままに、テレビを見る夫が発した言葉が頭に貼りついて離れません。

赤ん坊がいなくても俺がいるじゃん?

最初、発言の真意が分からずぼんやりとしていました。しかし、赤ん坊がいなくても可愛い俺がいるからいいだろう?という意味だと分かった時……。頬がカっと熱くなるのと同時に喉に冷たい刃が差し込まれたような気持ちの悪い感覚に襲われました。

どうやってアレを可愛がれと

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【#創作大賞2024】蒼に溶ける 序 章

【#創作大賞2024】蒼に溶ける 序 章

【あらすじ】

「――お別れのお時間でございます」

神妙な声を合図に、デッキに集っていた人々が一斉に頭を下げた。かすかなすすり泣きが、吹き抜ける海風にちぎられるようにして流れ去る。
参列の人々が見守る中、子供が隠れられそうな大きさの壺が船に付属したアームで持ち上げられ、艫にほど近い右舷から海の上へ突き出されていく。

やがて海面すれすれまで下げられた壺は、次第にゆっくりと傾き始めた。アームが壺の

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おっちゃんと中学生が麻婆ナスを食べていたら家族になった話

おっちゃんと中学生が麻婆ナスを食べていたら家族になった話

11年前の夏。私と息子が暮らしていた築30年の木造アパート2階の部屋は、その日の夕方も昼間の熱を逃さずしっかり溜め込んで、床まで熱くなっていた。

「家の中の方が暑いやん!」

誰が悪いわけでもないが、腹が立つ。仕事から帰ってきた私は、ドサっと雑に買い物袋をテーブルに置いた。

「アイス買うてきた?」

私の機嫌などお構いなしに、袋のなかを探り、アイスクリームを探す息子。8年前、離婚したばかりの頃

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「腐るまで待って」第1話【note創作大賞2024】

「腐るまで待って」第1話【note創作大賞2024】

第一話
――基本的には私が質問しますので、それに答えていただくだけで結構です。それでは撮影を始めてもよろしいですか?

 答えに困ったらどうすればいいですか?

――途中で止めても構いません。編集をしますので、気軽に答えてください。動画が完成したら、公開前に藍一さんにもチェックのために送る予定です。気になった点はご指摘ください。

 だったら安心ですね。

――では、はじめさせてください。お店は毎

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にゃくいちさん 序

にゃくいちさん 序

 群青の空に、白い雲が斑に動いていた。山を切り開いた道を、黒色の車が二本木の港に向かって走っている。車は陽光を反射させ、フロントのガラスは鏡のようにまぶしく光っていた。
「船が到着するのは、十時ごろになると思います」運転手が後部座席の女に言った。彼女の肌艶や顔立は若いが、纏っている雰囲気は老練。
「そうですか。お昼は何をご用意しますの?」と彼女は言い、それから車窓の外に視線を向けた。車窓の風景は単

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【#創作大賞2024】唐揚げのない人生なんて

【#創作大賞2024】唐揚げのない人生なんて

日本全国老若男女問わず、唐揚げの好きな方は多かろうと思います。
どのコンビニにも、レジの横のホットスナックコーナーに「買うてんか」とばかりに必ず唐揚げが鎮座していることや、一時期世間に ” 唐揚げ専門店 ” なるものが雨後の筍のごとく出てきたことから見ても、その事実はたぶん間違いないでしょう。

かく言う私も、唐揚げは大好きです。
にもかかわらず、なぜか唐揚げについては若い頃からずいぶんと哀しい思

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[小説]かきならせ、空! 第一話

[小説]かきならせ、空! 第一話

「あーっ。天っ才になりてぇー」

 中学校を卒業した日の夜、空楽はまだ雪の残る自室のバルコニーに立ち、月に向かって右手を突き上げながらつぶやいた。ひんやりとした夜風がTシャツの袖口から吹き抜けていき、肩をすくめながら身震いした。すくめた肩が短くした髪に触れた。空楽は掲げた右手を翻して掌を見上げた。自分と同じ十五年間を、同じこの町で過ごしてきたまだ会ったことのない人たち。もうすぐ、そんな人たちと会え

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さよなら炒飯!一皿目

さよなら炒飯!一皿目

その店だけ時給が飛びぬけて高かった。

二十八歳で職を失い、とりあえず金を稼がなくてはならない。口座にある数字をかきあつめても家賃二ヶ月分。ファミレスでメニューを選ぶのに躊躇する。実家はそこまで太くない。
転職でステップアップを目指すところだが、正社員ってやつがしんどい。責任、決断、上司、後輩、顧客。そんなもの考えたくない。
バイトを探す。実入りがよい肉体労働を考えたがキツイ事はしたくない。飲食店

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翻訳は孤独な仕事だからこそ

翻訳は孤独な仕事だからこそ

あぁ、翻訳ってやっぱり孤独な仕事なんだな。

フリーランスになって実感したことの1つです。

1つの案件を1人の翻訳者が訳す。フリーランスになっても、この翻訳作業自体は、特許事務所で翻訳していたころとまったく変わりません。ただ、特許事務所には他にも翻訳スタッフがいました。お互い自分の案件について相談したり、どう翻訳したらより適切か、どうすればネイティブに近い英文になるか等、翻訳談議に花を咲かせてい

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ロビンソンの飼い犬【前編】

ロビンソンの飼い犬【前編】

 芽衣子が両手指にマニキュアを塗っているとき、ぼくは決まって彼女にくだらない話をする。
 ヤスリで丁寧に整えた指先に神経を集中する芽衣子の左の手は、すでに薄いピンク色に染まっている。右はまだ一本目を塗り始めたところで、爪の色が若干の不健康を証明するように白かった。ぼくは母親の腕を引っ張る子供みたいに、芽衣子に喋りかける。
「夢でしか行けない場所ってない?」
 一瞬彼女の動きが止まったように見えたけ

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死ぬかと思って救急車を呼んだ話

死ぬかと思って救急車を呼んだ話


プロローグ
それは地吹雪が吹きすさぶ寒い2月のある日。

そもそも、そのふた月前あたりから、わたしの体調はイマイチどころかイマサンくらいよくない状態が続いていました。
主な症状は胃腸です。ご飯は食べられるのだけれど胃もたれします。しかも食べた後、背中が痛くなるのです。まるで水分を取らないまま大きなパンや中華まんを急いで飲み込んだように、胃の左後ろあたりが圧迫されて痛みます。

近所のクリニックに

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夢と鰻とオムライス 第1話

夢と鰻とオムライス 第1話



 飛んできたのは五百円玉だった。
 よりによって一番攻撃力の高そうな硬貨の側面が、俺の眉間に命中したのだ。
 鋭い痛みが目頭から眼球の裏へと伝わり、泣きたくもないのにじわりと涙が滲んだ。
「いってぇ……」
 俺は両手で目を覆い隠した。痛みのせいで勝手に湧いてきた涙をそれとなく拭って、顔を上げる。

「何すんだよ!」
 渾身の力を込めて睨みつけると、ほんの一瞬だけ、兄はうろたえた表情を見せた。

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言の葉ノ架け橋【第1話】

言の葉ノ架け橋【第1話】

第1話 かけはし
まだ夏は遠いけど、紫外線の強くなる季節。
首元に日焼け止めクリームを丹念に塗り込んでいると、「希生先生、希生先生」と庭から優しい声で呼ばれて慌てて振り返った。

「ヨウちゃん、そんなところにいたの。びっくりさせないで」
「希生先生、いそがんと学校に遅れるよぉー」

私はふぅと息を吐き、手の甲にもクリームをたっぷり塗り込んだ。
「サチ祖母ちゃんの声マネするのいい加減やめて欲しいわ。

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「赤き月は巡りて」第1話(全9話)

「赤き月は巡りて」第1話(全9話)

第1章 赤き月が昇る夜

 まだ明けきらぬ薄闇の中、乾いた葉擦れの音がひんやりとした空気を震わせる。虫たちの声が重なり合う。
 シュッと風を切るかすかな音がして、すぐにトンと何かに当たった。
 それを合図にしたかのように、東の空が白み始め、鳥たちが目を覚ます。黒一色だった村や山の風景が色を取り戻していく。

 しかし村が目覚めるのにはまだ早い。

   *

「矢がたったぞ!」

 誰かの叫び声で

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