花丸恵
好きなものやおすすめのもの、おいしかったものなど、既製品でよかったもの、感動した作品などを記事にしたいと思います。「食べたり飲んだり作ったり」とマガジンが重複してしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。
面白いことを、ちょろっと漏らしがちな夫が登場するエッセイです。面白いだけではなく、たまに哲学的なことも言ったりします。
思いつくままに書き留めたジャンルなしの日記やエッセイです。
note創作大賞2024ファンタジー小説部門応募作品です。
自作の掌編小説(ショートショート)を集めました。
◇ 飛んできたのは五百円玉だった。 よりによって一番攻撃力の高そうな硬貨の側面が、俺の眉間に命中したのだ。 鋭い痛みが目頭から眼球の裏へと伝わり、泣きたくもないのにじわりと涙が滲んだ。 「いってぇ……」 俺は両手で目を覆い隠した。痛みのせいで勝手に湧いてきた涙をそれとなく拭って、顔を上げる。 「何すんだよ!」 渾身の力を込めて睨みつけると、ほんの一瞬だけ、兄はうろたえた表情を見せた。だが、すぐに目を吊り上げ、 「呑気に家の中をうろうろすんじゃねーよ! とっととパ
前後編に分けてまで、読んでくださる方がいらっしゃるか甚だ疑問ではあるのですが、ここまで来たら書ききりたいと思います。 お付き合いいただける方、どうぞ宜しくお願いします! ちなみに、こちらが前編です。↓ ◇ と、いうわけで、続きの第10話から話を始めましょう! 10話にはにはワイナリーが登場します。 ここに出てくる白ぶどうのジュースはこちらのワイナリーのものです。 お店で試飲できるのですが、猛暑の中、冷えたジュースは例え試飲のわずかな量であったとしても、
私が一編の小説を書き上げたとき、夫は言った。 「タイトルだけで腹いっぱいになりそうだね」 確かに、 「ごはんよー」 と言われて食卓を見たとき、そこに鰻とオムライスがあったら、どんな人でも一瞬は戸惑うに違いない。 とにかく、物語の中に食べ物を登場させるのが好きなせいで、この作品も食べ物の連打となってしまった。 作中に出てくる食べ物がどういったものであるか、気になる方が、もしかしたらいらっしゃるかもしれない。 そんなわけで、物語に登場する食べ物をできる限り解説
買い物をしようとスーパーに行くと、通路の真ん中にぶどうが一粒落ちていた。 並べられた特売の巨峰から、ポロリと落ちてしまったのだろう。その様子は、親を見失って迷子になっている、憐れな子どものようだった。 「今日、スーパーの通路の真ん中に、ぶどうが一粒落ちてたよ」 帰宅後、夫に報告すると、 「旨かったかい?」 思いがけない言葉が返ってきた。 「野良犬じゃあるまいし、いくらなんでも、拾って食べたりしないよ」 そう答えると、 「俺、小学生のときに、道に落ちてたさ
私はかつて、急須に窮す日々を送っていた。 なぜ、あんなに急須というものは割れやすいのだろう。 生活に馴染み、日々を共に過ごしている急須は、なぜか突然注ぎ口が欠け、蓋が割れ、持ち手が欠ける。そのたびに、心に大きな衝撃が走り、自分の不注意を責め、精神的に弱っているときには、うっすら涙さえ浮かべることもある。 あのどっしりとした見た目に反し、急須は実に繊細な瀬戸物だ。 某通販雑誌で、高級な急須を見かけた。 その雑誌は、こだわりのある品揃えで、時折、芸能人や文化人がC
「とおくへいきたい」 という言葉を聞くと、私は反射的に浅田飴の宣伝をしていた永六輔のことを思い出してしまう。 その昔、永六輔氏は日本テレビで「遠くへ行きたい」という番組に出演していた。永六輔本人は1年余りで番組を退いてしまったものの、番組自体は現在も形を変えて続いている。 日曜の朝に早起きしてテレビを見る方なら、この番組の主題歌の触りくらいは聴いたことがある方もいらっしゃるかもしれない。 番組の主題歌のタイトルは、そのものズバリ、「遠くへ行きたい」。作詞・永六輔
店頭のショーケースに並ぶ、テリテリの串焼きたちの中でも異彩を放つフォルム、安心するこってりとした旨みの「もつにこみ」、あなたは好きですか。 私は、大好きです。 私は埼玉県民なので、東松山市に行くときは、《もつ煮のまつい》のもつ煮を買って帰ることが多い。 もつ煮には、野菜やこんにゃくなど、具の多いものもあるが、このもつ煮は、豚の白もつのみが、とろりと煮込まれている。 私も家でたまにもつ煮を作るが、逆立ちしても、こういった名店のもつ煮には敵わない。真似してみようとや
「そういえば、『ムーチョ』って、スペイン語で『もっと』っていう意味らしいよ」 何が「そういえば」だったのかは忘れたが、夫にそんな話をしながら、私は鍋物をつつき、ビールを飲んでいた。他愛ない、夕飯時の夫婦の会話である。 夫は妻が唐突に披露した豆知識に、これといった返答をするでもなく、ただ一言、 「へぇ」 と言って目を輝かせていた。 思えば私は、これまでスペインと縁もゆかりもない生活をしてきた。 マドリードに行ったこともなければ、スペイン人の知り合いもいない。
「さっきからトイレ掃除をしてほしいって、言ってるじゃないのよ」 洗い上がった洗濯物を片手に、私は言った。 「うん、やるよ。大丈夫!」 夫の返事はやる気に満ちている。 だが、溌溂とした声とは裏腹に、夫は華奢な体を畳の上に横たえたままだ。お腹に手を添え寝そべる姿は、海上を揺蕩うラッコそのものである。 何も夫に頼まなくても、自分でやればいい。 だが、トイレ掃除だけはそうはいかない。 なぜならば、家主がトイレ掃除をするほうが金運が向上するという情報を入手したからだ。
クレーム対応というのは非常に難しい。 相手の要望を的確に受け止めたうえで、よりよいサービスを提供しなければならない。 私も、結婚して20年以上経過しているが、未だに夫から、厳しいクレームを頂戴することがある。私は、それを真摯に受け止めているつもりなのだが、どうやらそうは見えないらしい。大変残念だ。 夫は職場におにぎりを持っていく。 最近ではたまにホットサンドになることもあるのだが、それでも、未だおにぎり率の方が高い。 そこで夫からクレームが入る。 「いっつも
夫が運転中に突然、大きな声をあげた。 「ああ! ○○商店のおじいちゃんだ! 懐かしいなぁー! 元気そうだ!」 私たち夫婦はその日、夫の故郷を車で走行していた。坂道を上がっていたそのとき、フロントガラスの向こうに、《○○商店のおじいちゃん》を見かけたらしい。 私はそのおじいちゃんに会ったことはない。人も多く、遠目だったせいもあり、どの人がそのおじいちゃんなのか、わからなかった。 車を降りて挨拶するのも大袈裟だと思ったのか、夫はそのまま車を走らせ、 「いやぁ、おじ
先日まで、私は山梨県・勝沼を舞台にした物語を書いていた。 勝沼には何度も訪れたことはあるが、その目的は小説の舞台にするつもりではなく、ワインを浴びるほど飲むためだった。 当時は、自分がまた物を書き始めるとは思いもしなかったので、記憶に残そう、という気概がなかった。残っている記憶といえば、 ワインワインワイン。そればかり……。 アルコールをまとった記憶というものは、どうしたって曖昧になりがちだ。 あの道にはぶどうがなっていただろうか。 あそこのコンビニはの駐
<前話 最初から読む> ◇ 「あら、お久しぶりねー。長いこと会わなかったから、瞬太、お母さんの顔、忘れちゃったんじゃない?」 家に帰ると母が笑顔で、調子よくそう言った。思わず「どちら様ですか?」と返しそうになったが、それをやると延々と絡まれそうなのでやめておいた。 そのかわり、 「父ちゃんが来るなんて聞いてないぞ」 小声で訴えると、母はぺろりと舌を出した。 どうやら俺と父を対話させることも、母の家庭内改革の一環だったらしい。俺は関係ないと思ってたのに、してや
<前話 最初から読む 次話> 「おじいちゃんが、ああなったのには理由があるんだ」 「理由って?」 父がこれまで祖父を悪く言っているのを聞いたことがない。そんな父の口から、ああなった、なんて言葉が出ることが意外だった。 「おじいちゃんは昔から脚が悪かっただろう? 憶えてるか?」 「うん」 祖父が上半身を人よりも大きく揺らし、左足を庇うように歩いていたのを思い出す。 「おじいちゃんの足の悪いのは生まれつきなんだ。今なら病院に行けば直せたんだろうが、兄弟が多かったせいで
<前話 最初から読む 次話> 「なんで?」 一瞬、頭が混乱する。 てっきり母が迎えに来るものと思い込んでいた。どうしようかとうろたえたが、この暑い中、やってきた父を無視するわけにもいかない。 緊張を紛らわすように、大きく息を吐く。ためらいつつドアを開けると、俺の顔を見て父はなぜか、うん、と頷いた。 「入っていいか」 「うん」 気まずい。実に気まずい。 父と二人きりになるのがあまりに久しぶり過ぎて、前回の記憶がない。そもそも父親と二人きりになったことがあるのか
<前話 最初から読む 次話> ◇ 朝、こうちゃんはバタバタと出かける準備をしながら、 「おお、そうそう。瞬太、これ」 カードキーを渡してきた。 そうだ、こうちゃんが留守の間に帰るのだから、戸締まりがいる。 「後で郵送したらいいかな?」 そう訊いたら、 「持ってていいよ」 と、こうちゃんは言った。 「また、父ちゃんと兄ちゃんに邪険にされたら、家に来い。恵梨子も、瞬太だったら大歓迎だって」 「ホント?」 ありがたい。他に居場所がある。そう思えるだけでどれだけ