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銀婚式を間違える

 自分の銀婚式を間違える人なんて、この世にいるのだろうか。

 私は茫然としながら、追いつかない頭で朦朧と考えていた。
 ……きっと、私以外には、存在しないのではないか。
 そう思えば思うほど、恥、という文字が私の頭の中をひしめきあった。
 青い顔をしてため息をつく妻を見て、夫は言う。

「どうしたの? 随分と暑さにやられてるじゃないか」

 そうだ。全部、この記録的な暑さのせいだ。
 連日、エアコンのない34℃の台所で、夕飯をこしらえていたら、脳みそも熱々になって、何がなんだかわからなくなるんだ。私は暑さのせいでおかしくなっているんだ。そうだ、そうに違いない。

《暑さのせい》という言い訳が、大音量のラジオのように脳内を流れていった。

 あれは、8月の頭のことであった。
 それまで、結婚記念日のことなど何も考えていなかったにもかかわらず、私の頭の中に、天啓のようにこんな言葉が浮かんできたのだ。

あっ! 今年、私たち銀婚式だ!


 だって、結婚した年が結婚1年目って数えるわけでしょう? 私たちはミレニアム婚だったわけだから、2000年が結婚1年目。ということは2024年の今年は、結婚25年目を迎えるわけだから……そうだ、やっぱり今年は銀婚式だ!

 私は、一切の切れ目なくそんなことを思い巡らせ、内心照れながらも、そわそわした気持ちで夫に言った。

「ねぇ! 私たち今年銀婚式だよ! 憶えてるよね? ねぇ、何食べる? なんのお酒買う!?」

 そわそわを悟られまいと、私は夫に考える隙を与えぬ勢いで一気に捲し立てた。夫はたぶん、銀婚式のことなどまったく頭になかったのだろう。鼻息を荒くする妻に気圧されるように夫は言った。

「えっ? えっ? そっ、そうだね。ワインでいいんじゃない?」
「じゃあ、暑いからさ、ここは甘い発泡系ワインでいこうよ!」
「うん、そうだね」
「じゃあね、アスティにしよう。アスティ! アスティでいいね!?」


 もはや銀婚式そのものよりも、飲む理由ができて喜んでいる妻に、夫はただただ押されるばかりであった。

 そうして今年が本当に銀婚式かどうかを、きちんと確かめることなく当日を迎え、私は、今日が銀婚式だ、などという誤った情報を、noteを通し、全世界に発信するに至ったのである。

 ありがたいことに、この記事が数日を経てnote公式の今日の注目記事に選ばれ、あらまぁ、なんということでしょう。ありがとうございます。
 ……などと嬉しく思っていた。
 そんな知らぬが仏状態の夜のこと。ある方からSNSで祝福のコメントを頂いた。だが、嬉しい祝福のあとに、こんな言葉が記されていたのだ。私は目を疑った。

1999年の世紀末婚ですね。

 ん? 
 いや、うちはですね、ミレニアム婚です。結婚したのは2000年なんです。あはは、うちはですねぇ、ミレニアムなんですよぉ……え? えー、うそ? うそだあ……やだやだ……

えっ?!


 我に返るとともに、私の心臓はどきりと跳ね上がった。
 この猛暑にもかかわらず、スマホを持つ指先が冷たくなっていく。こういうとき本当に肝は冷えるものなのだと実感しながら、私は震える手でスマホの検索ワードに「今年銀婚式」と打ち込む。

 するとすぐに、2024年(令和6年)の結婚記念日早見表なるものがヒットし、そこには、

 25周年 銀婚式 1999(平成11)年

 わかりやすく、丁寧に真実が書かれてあった。
   つまり、我々夫婦の銀婚式は《来年》だったのである。

 やってしまった……。

 あまりのことにうなだれる私を見て、夫は言う。
「どうしたの? 大丈夫?」
 夫は私が暑さに参っていると思って声をかけている。確かに暑さにもほとほと参っているが、本当に参っているのは、度を越したうっかりをする、愚かな自分自身にである。
 私は震える声で夫に言った。

「あ、あのね、もし、本当は『来年が銀婚式だった』なんて言ったらどうする?」
「ん?」
 夫はきょとんとした。 
「あのね、来年だったの……」
「へ?」
「私たちの銀婚式、来年だった」
 夫は、いやー、と言いながら首をひねった。

「なんか、おかしいと思ったんだよなぁ。でも、なんだか一人で、ワインはアスティにしよう、アスティがいいって、すごく盛り上がってるからさ、俺のほうが間違ってるんだろうなって思ってたよ。いやぁ、俺もきちんと事前に確かめればよかったなぁ」

 私は堪えきれず、顔を両手で覆う。
 恥かしい。
 穴があったら、どんな小さな穴でもいいから、この大きな体をねじ込みたい。恥じ入るあまり体が熱くなり、さっき、冷えたばかりの肝も熱々になり、いまや肝焼き状態になっている。

「どうしよう。あんなにお祝いのコメントを皆さんからいただいて、noteの今日の注目記事にもなって……」

 震える私に夫は言った。

「いやぁ、年をサバ読む人はいるけど、銀婚式をサバ読む人はいないだろうねぇ。こりゃあ、史上初かもしれないねぇ」

 夫はそれ以上は何も言わずに、じゃあ、おやすみなさいと、布団に入った。あっという間に寝入っていく夫を眺めながら、こんなに不名誉な史上初は、他にないかもしれないと思い、私はさらにうなだれるのだった。



 ここまで、お読みいただき、本当に有難うございます。
 先日の投稿について、改めてお詫び申し上げます。
 たくさんのコメント、note公式の今日の注目記事にしていただいたにもかかわらず、このような失態、本当に恥ずかしいです。
 意気揚々と
「実は今日、私たち夫婦は銀婚式を迎えます」
 などと言っていた自分を、大きなハリセンで、ばちーんとはたいてやりたいです。

 なぜ、こんなことが起こってしまったのか、私になりに考えてみました。
(きちんとした思考回路をお持ちの方には無理筋な言い訳かもしれません)。

 思い当たることは、今年五月に「平成の空気」というエッセイを投稿したとき、

 ちなみに今、令和6年(2024年)の5月1日である。
 ちょうど5年前の今日(2019年5月1日)に、平成から令和になった。

「平成の空気」より

 という一文を書きました。

 私は数字が極端に苦手で、当初は
 《6年前の今日》  
 と誤って書いてしまい、その後誤りに気づき訂正した、という経緯がありました。このときは単純に令和6年だから、6年前だと早合点したのです。

 どうやら、このときの間違いが、おかしな形で脳内に刷り込まれたらしく、私独自のとんでもない思い込みと解釈を経て、今年を銀婚式だという答えを導き出してしまったようです。この辺を詳しく説明すると、かなり頓珍漢な説明になるので、省かざるを得ないのですが、簡単に言えば、数え年のような形で認識してしまったものと思われます。

(信じていただけないかもしれないのですが、私は数字が絡むとこの手の間違いを犯しがちなのです。極端に暗算ができないという性質を持っています。アナログ時計も読めるようになるまで時間がかかった子供でした。機会があればこの話はまた今度……)。

 迂闊うかつというのは、こういうことをいうのでしょう。身に沁みて実感しました。数字が苦手と把握しているにもかかわらず、思い込みから離れられず、調べることもしなかった自分に腹が立ちます。
 思い込みを防ぐにはどうしたらいいか、今後の更なる課題になりそうです。本当にお騒がせしました。

 そして、誤りだったとはいえ、前回の投稿にあたたかいお祝いの言葉、本当にありがとうございました。とても嬉しかったです。
(ちなみに前回の記事の後半を書き替えています。本文は削らずに、間違いを指摘しつつ突っ込む形で、誤りをお伝えすることにしました)。

 今年たくさんお祝いの言葉を頂いたので、来年は何も言わずに、本当の銀婚式を夫婦でひっそり祝いたいと思います。
 何度も言ってしまいますが、ああ、お恥ずかしい。
 今回の件、正直堪えました。来週の頭に、何かエッセイを投稿した後、しばらくnoteやSNSをお休みして、静かにしていようと思います。
 本当に失礼しました。

 

私のような誤りをする方はいないと思いますが、ご参考までに……。 


お読み頂き、本当に有難うございました!