見出し画像

アメリカンドッグを買う

 「ちょっとおやつが食べたいねぇ」

 夫婦でそんな話になり、小雨降る中、私はコンビニへ出かけた。
 夫は休みのとき、あまり外へ出たがらない。私も一人で商品をあれこれ見るほうが気楽なので、こういうときは、どんなおやつがいいかリクエストを訊き、それに見合ったものを買ってくることになる。

 私にとってコンビニでおやつを買うのは、ちょっとした贅沢だ。コンビニでは大概のものはスーパーより値段が高いし、気を抜いて次々と商品をカゴに入れていくと、1000円なんてあっという間だ。我が家では遠出する以外で、コンビニに行くことはあまりない。

 だからといって自分が倹約家かと言われれば、そういうわけではない。
 私は、近くのコンビニでおやつを買うことを《贅沢》と思いたいだけなのだ。
 コンビニスイーツは気安くていい。
 贅沢と気安さは釣り合わないような気がするけれど、私は《贅沢》のハードルは低いほうが、日々の生活をより愉しめるのではないか、と思っている。

 コンビニに入ると、ハキハキとした若い店員さんが、レジでもたつくおばあさんに優しく声をかけ、会計を手伝っていた。険のない穏やかな光景を目にし、良いタイミングに入店したなぁと嬉しくなる。

 今日の夫のリクエストは大福とバタークッキー。私はプリン。
 それをカゴに入れ、会計しようとレジに並ぶと、レジ横のホットスナックが20円引きだった。
 焼き鳥、唐揚げ、肉まん。
 どれも美味しそうだが、私の目を引いたのは、アメリカンドッグだった。こんもりとした丸みが可愛らしい。愛嬌ある見た目に、つい心惹かれ、先程の優しい店員さんにカゴを差し出すと、

「アメリカンドッグも下さい」

 思わず言ってしまった。
 私がアメリカンドッグを買ったのは、見た目が可愛かったからだけではない。なんとなく、アメリカンドッグを食べる夫を見たいと思ったのだ。

 もしかしたら「いらない」と言われるかもしれないが、そのときは私が食べればいい。20円引きと、おばあさんに声をかけていた店員さんの優しさが、私の財布の紐を緩めたのだろう。

 私は自分が料理を作るとき、夫がこの料理を食べているところを見たいと思って作ることがある。美味しい料理を作って喜ばせたい、という気持ちとは異なり、この食べ物を食べている夫を見ると、気分がいいだろうなぁと想像してしまうのだ。

 夫はアメリカンドッグを食べてくれるだろうか。食べてくれたらいいなぁ、と思いながら、私は止まない雨の中、自宅へと歩を進める。
 帰宅してすぐ、私は夫にコーヒーを淹れた。大福やバタークッキーと一緒に、アメリカンドッグを置く。
 夫は、注文外の食べ物に一瞬、戸惑いを見せたものの、

「20円引きだったのよ。食べる?」

 私が訊くと、夫はうん、と頷き、ケチャップとマスタードをつけて、アメリカンドッグを食べ始めた。はぐはぐとアメリカンドッグをかじる夫を眺めながら、
 あ~、食べてる食べてる。
 と思い、私はにんまりと頬を緩める。

 このときに湧き上がる気持ちは、ハムスターなどの小動物に餌を上げ、食べるのを見て喜ぶような気持ちと、どこか似ているような気がしてしまう。
 自分の夫を小動物扱いするのは如何なものかとも思うのだが、決して夫を馬鹿にしているわけではない。
 私は、小動物のように食べ物をかじる夫を見ると、どういうわけか気分がいいのだ。

 私はアメリカンドッグをかじる夫を横目で見ながら、良い気分でプリンをひとさじ口に運んだ。

2021年7月4日 記

              


 上記の通り、これを書いたのは三年前の七月のこと。
 その間投稿されずに、ずっと下書きに入っていた理由は明白です。

 いつもみたいに《おもちょろくない》からです。
 夫がただ《アメリカンドッグを食べるだけ》だからです。

 しかも、ちょっと《のろけ》のようにも見えますよね。夫がアメリカンドッグを食べているだけで気分がいいだなんて、ぞっとしますね。鼻につきますね。ああ、なんともいけ好かない。てやんでぇ、ですね。

 かっこつけたり、のろけたり、自慢話をしたいのならば、高級寿司屋でも予約して一席設け、こちらがきっちりお金を出したうえで、《人様にのろけを聞いていただく》。そのくらいの気持ちがないといけません。

「てやんでぇ! 人前でのろけてぇなら、てめぇが銭払えってんだ!」

 落語に出てくる熊五郎なら、そう言って、「けっ!」と下駄を蹴り上げて立ち去るでしょう。ですから、本来ならば、この文章を読んでくださった方に、私がお金を払わないといけないわけです。

 でも、今回ばかりはどうかお目こぼしください。

 実は今日、私たち夫婦は銀婚式を迎えます。

 申し訳ありません!
 突然ですが、ここで、訂正させてください。
 実は大きな勘違いをしていました。
 正確には私たち夫婦の銀婚式は《来年》でした。本当に申し訳ありません。
 詳しい経緯は以下の記事を、ご覧いただければ幸いです。


 二十五年という月日。 (本当は二十四年)。
 振り返って、感慨にふける話の一つでも書ければいいのでしょうが、現在も夫婦継続中なので、感慨よりも現実に迫ってくるのは今日の晩御飯です。

 ちなみに、《てやんでぇ》とは、「何を言ってやんでぇ」の後半が残ったもの、だそうですよ。

 てやんでぇを承知で言うならば、このアメリカンドッグの話にある感覚が、二十五年の間(正しくは二十四年の間)私の中に流れ続けているのだと思います。
 本当に、何を言ってやんでぇ、ですね。
(いや、銀婚式を勘違いするほうがよっぽど、てやんでぇ、です)。

 夫はいつも、妙なことを言います。
(あなたも今、かなり妙なこと言ってる! 今すぐ気づいて!)。

 プロの関西の芸人さんみたいに大爆笑を誘うことはできませんが、蛇口から水が漏れるように《ちょろっと》面白いことを口にするのです。だから夫の話をまとめたマガジンは《おもちょろい夫》というタイトルになっています。

 夫の話を笑って聞いていたら金婚式だった。
 そうなったら、何本分のエッセイになるでしょう。今から金婚式が楽しみです。(お願いだから、金婚式のときは間違えないでね)。

 今後も、夫が何か言い、私にそれを書き留める腕があれば、投稿していくと思います。そんなわけで、今後とも、しがない夫婦のバカバカしいお話、《おもちょろい夫》をよろしくお願いいたします。

(本当に、失礼しました。こんなうっかりな人間が書いているマガジンですが、よろしくお願い致します)。


 おもちょろ夫とうっかり妻のコンビでお送りしているマガジンです。


お読み頂き、本当に有難うございました!