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【#創作大賞2024】ドシャえもん第1話

祖母が子どもの頃、川に水死体が流れてくると子ども達は「土左衛門!土左衛門!」と言って棒きれでつついて遊んでいたそうです。その残酷な遊びは子ども達にとって非日常を味わえるエンターテインメントでもありました。大人に見つかると大目玉をくらい、やめさせられた禁じられた遊び。無垢・無知が全てを遊びに変えてしまう恐ろしさにぞっとしたものです。つい最近、この気持ち悪い話を急に思い出す出来事がありました。きっかけは同じアパートに住む女の子。あの時、私はなぜ彼女に声をかけたのだろう。私はいつもいつも最後のところでズレてしまう……。祖母の昔話を思い出さなければ。少しでも同情なんて感じなければ、私は……。

あらすじ(295字)

めくれ上がったTシャツから出た腹をそのままに、テレビを見る夫が発した言葉が頭に貼りついて離れません。

赤ん坊がいなくても俺がいるじゃん?

最初、発言の真意が分からずぼんやりとしていました。しかし、赤ん坊がいなくても可愛い俺がいるからいいだろう?という意味だと分かった時……。頬がカっと熱くなるのと同時に喉に冷たい刃が差し込まれたような気持ちの悪い感覚に襲われました。

どうやってアレを可愛がれというのでしょう。清らかな空気をまとう赤ちゃんと夫とでは雲泥の差がありすぎます。あんなにもだらしなく垂れた青白い肌と生命力に満ちた張りのある肌を同等にするなんて神への冒涜としか感じられません。

不妊症で悩む妻を気遣ったつもりなのかもしれませんが、私は夫の無神経な思考に耐えられず怒りが腹から吹き出しかかっています。この人はどうして私をイラだたせる発言ばかりするのかしら?自分中心に世の中が動いているとでも思っているのでしょうか?

白くブヨブヨとした腹が目に入り殺意が頭をもたげます。でも、夫への殺意なんて普通は心の中で想像をするだけで終わるものです。世の中の妻が夫に殺意を抱くのは一度や二度ではないでしょう。数回、心の中で夫を刺しながら、ブヨブヨの白い腹に視線を固定させていると突然、祖母の昔話がよみがえりました。

祖母の村にある川は水遊びをしても、さほど危険はない流れだったため子ども達の遊び場となっていたそうです。ただ、その安全な川に土左衛門と呼ばれる水死体がたまに流れてくることがありました。水死体の登場に子ども達は大騒ぎとなりますが、怖くて騒いでいるわけではありません。自分達の遊び場に水死体という非日常が現れたことに心躍らせているのです。興奮した子ども達は「土左衛門!土左衛門!」と棒でつつき遊び始めますが、大人に見つかれば怒られ終了となります。大人の姿を発見すると蜘蛛の子を散らすように逃げたもんだよと祖母は笑いながら話してくれました。

「それって命を大切にしていないと思う。先生が命の尊厳ってお話をしてくれたばかりなんだよ」

真面目だった私は祖母に学校の先生が教えられたことをオウム返しに伝えたのですが、

「尊厳?」

と不思議そうな顔をしていました。昭和の世の常識いや、平成のものでも令和で通じないように、祖母の時代の常識が私に通じなかったのです。今はそのことを理解できますが、当時はなんて怖いことをと震えあがっていました。

土左衛門の肌は青白くてブヨブヨしているとも言ってたな

と妙なことまで思い出していると、

「どうしたの?」

と夫に声をかけられ我に返ります。夫の腹を見たまま、ぼんやりしていたことに気づき慌てました。

「こっち来る?テレビ面白いよ」
「いい。洗い物、まだあるから」

そう言うと私は夫に背中を向けました。本当に洗い物はたまっていたし、夫の腹から土左衛門を連想したことに軽い罪悪感を感じたからです。

でも、あんな無神経なことを言われたら棒でつつきたくもなるわよ。

心の中で毒づきながら洗い物をしていると、背後に夫が近寄ってくる気配を感じました。タイミングも悪かったせいでしょう。背筋に悪寒が走りがゾっとしました。

「なに?」

思わず、冷たい反応で振り返ると、夫の手が私に向かって伸びかかったまま宙に浮いています。私の顔に笑顔がないのに気づいた夫は気まずそうに手を引っ込め、テレビの前に戻って行きました。

悪いことをしたかなと思いもしました。でも、私の心は夫を受け入れる余裕がないほど傷ついていたのです。私が欲しいのは床に寝転がる大きな夫ではなく、小さく清らかな赤ちゃんでした。いくら望んでも来てくれない赤ちゃんに、私が心をきしませていることを夫はどうして思いやれないのでしょう。見えない涙を流しながら私は食器を洗い続けます。

「風呂、入らないの?」
「うーん……」

夫は立ち上がるのも面倒くさそうに、テレビの前から立ち上がり風呂場へと向かいます。つけっぱなしのテレビをイラつきながら消すと、風呂場から呑気な鼻歌が聞こえてきました。

最低……。

水道の蛇口のレバーを思い切り上げ私は大声で泣きました。

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