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『「いいね!」戦争』を読む(11)「事実」とは「合意」の問題である件

▼『「いいね!」戦争』の第5章「マシンの「声」 真実の報道とバイラルの闘い」に入る前に、第4章のラストに紹介されている術語(ターム)に触れておこう。

「ガスライティング」

これは〈パートナーが真実を操作もしくは否定することによって相手を支配しようとする関係を指すようになった〉(188頁)ということで、不思議なネーミングの由来は、有名な映画(もとは舞台)の「ガス燈」だ。

悪い夫の策略によって、妻役の美しいイングリッド・バーグマンが「自己不信と自己検閲を募らせていく」サスペンスである。

こわい映画好きの人は、「ガスライティング」だらけのSNSにハマれば、もしかしたらこわい映画を見る必要がなくなるかもしれない。

現実を生きるだけで十分にこわいことに気づくから。

いや、気づけばいいのだが、気づかないのが一番こわい。

〈ジャーナリストのローレン・デューカによれば、「事実は、意見と交換可能になり、現実そのものが疑わしくなって、私たちはむやみに言い争うようになる」。その間、終始、新種の独裁主義者たちが世界に対する支配力を強めている。〉(188頁)

第4章「帝国の逆襲 検閲、偽情報、葬り去られた真実」の、ラストのこのテーゼーー事実は意見と交換可能になるーーが、第5章「マシンの「声」 真実の報道とバイラルの闘い」に直結する。つなぐキーワードは「人間の脳」である。

▼第5章の冒頭は、フェイクニュース製造工場としてすっかり有名になったマケドニアの若者の声から始まる。マケドニアのヴェレスという町では、フェイクニュースをクリックさせたことによって発生する広告収入で、ぼろ儲けする若者が続出した。フェイクニュース特需で、町の様相まで一変してしまったそうだ。

〈ドミトリと仲間たちはこりなかった。「無理矢理カネを払わせたわけじゃない」とドミトリは言った。「たばこを売る。アルコールを売る。それは違法じゃない。なのになぜおれのビジネスは違法なんだ? たばこを売れば、たばこは人を殺す。おれは誰も殺しちゃいない」。むしろ、悪いのは既成ニュースメディアのほうで、簡単に稼げる金づるを放置していたと話す。「連中は嘘をついちゃいけないからな」。ドミトリは嘲(あざけ)るように言った。〉

これから本書を読み進めるにつれて、日本は「日本語の壁」によって結果的に守られていると感じざるを得なかった。10年前と比べればメディア環境が激変しているとはいえ、本書で報告されている世界各国の惨憺たる現実と比べれば、日本の現実はまだかなり「カワイイ」ものだ。

▼すでに1000字を超えたので、次号の頭出しだけしておこう。

▼「ホモフィリー」(同質性)という言葉がある。人間には「同類を好む傾向」があり、これは人間が人間である以上、避けられない先天的なもので、この傾向自体が善だったり悪だったりするわけではない。しかし、

「事実」をめぐる議論が動機をめぐる議論に変わる〉(199頁)

事実とは結局、合意の問題である。合意がなければ、「事実」は意見の一つにすぎない〉(203頁)

第5章で述べられるこれらの指摘は、すべて「人間の脳」に対するアタック(攻撃)によって「ホモフィリー」が刺激され、ここ10年で、世界のいたるところで急に現れ始めた現象を、正確に解釈するための知恵である。

▼もっとも、「事実」が「意見」に変貌させる、変貌させようとする先例はたくさんあって、興味がある人には、たとえば歴史学者リップシュタット氏による回顧録『否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い』(山本やよい訳、ハーパーコリンズ・ ジャパン、2017年、原著は2005年)をオススメする。

▼ホロコーストを否定して人気を得た歴史学者と、法廷で戦った記録だ。

歴史を都合よく歪めようとするリヴィジョニスト(修正主義者)の目的は、先日も書いたが、事実と「同じ土俵に乗る」ことだ。注目されて、「話題になれば勝ち」なのである。

『「いいね!」戦争』の第5章を読むと、本書で書かれている世界中の「戦い」のすべては、「脳をめぐる戦い」であることがよくわかる。

漢字は便利で、「電脳」とはよく言ったものだ。(つづく)

(2019年7月5日)

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