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【小説】Dry and Mighty――poíēsis #1
poíēsis(希)制作/生産
※この物語はフィクションです。実在の人物、出来事、場所、事件とは、何ら関係はありません。
冬という季節が冬の特質をまだ備えていた時分だった.あの頃彼が棲んでいた築数十年経つ狭い部屋には絶えず隙間風が差し込み,しばしば冬枯れた葉が窓に打ち付けた.部屋からほど近い,街で最も汚れた川にも鴨が飛来していた.びろうどのように輝く風切羽根を隠した鴨たちは汚染された水草を啄
【雑記】海は凪いでいるか
この春の転居が人生で何度目だったかは忘れた。
交際相手と半年前から同棲を始め、婚約し結婚式場を決めた矢先だった。単身赴任を命じられ、慌ただしく家を出た。その葛藤はすでに他の形でも発表しているから、ここで詳述はしない。
いま私が綴りたいと思っているのは、単身赴任先まで持ってきた「だいじなもの入れ」の中身のことだ。
あまり荷物は増やしたくなかった。けれど、「だいじなもの入れ」は置いていけ
ここに確かに居ること、ここへ必ず還ってくることーー黑田菜月《動物園の避難訓練》試論
動物園という場所を動物園たらしめるものは何だろうか。動物園に足しげく通うようになってから幾度となく問いを繰り返してきた。ある時は幼い頃の日記帳を辿り、またある時は廃墟となった動物園跡地を歩き、私は私たち自身の語りによる価値の再創造(Re-Creation)が動物園を動物園として成立させていることに気付きつつあった。
動物園という装置は巡回展やサーカスのように拠点を変えず、場所に根付いて展示を
【顛末書】蜻蛉玉鰐の涙も塩からく
ご無沙汰しています。お元気でしょうか。
8月の初旬から9月の終わりまで、抑鬱状態にありました。地元を出て以降の約10年間で、もっともこころの状態が荒んでしまっていました。
原因ははっきりしています。これまでの過労がたたり心身ともに疲弊していたこと、本務の環境が変わり適応できないままでいたこと、自身の引越しや実家の法事のため生活が落ち着かなかったこと。暑すぎる長い夏。
休む時間がなかったわけでは
<旅行記>新・総曲輪通りでつかまえて――3年半ぶりの富山(前編)
北陸新幹線で中央構造線を抜けるとき、耳鳴りが懐かしい感覚として襲ってきた。「本当に日本の中央を越えているんだね、わたしたち」と恋人が隣で言った。恋人にとっては初の日本海側の都市の訪問だった。僕が暮らした街を彼女はどんな風に新鮮に受け止めてくれるだろう。ただ、すべてが記憶通りという訳ではないだろうな、という直感もあった。コロナ禍があったとはいえ、富山を離れてから今回の訪問まで、3年半も経ってしまっ
もっとみる【園館訪問ルポ】動物園・水族館・アスレチックの交わる汽水域ーーアクアマリンふくしま「えっぐの森 どうぶつごっこ」(福島県いわき市)
2022年夏の訪問で鮮烈な印象を残し、再訪を心に決めていたアクアマリンふくしまにふたたび足を運んだのは年末になってからでした。真冬の小名浜港は透き通る光がたっぷり降り注いでいました。
初訪問時は日本の水族館の伝統的な展示形態である「汽車窓水槽」をアップデートした展示群が深く印象に残っていましたが、ゆっくり時間を取って施設内をくまなく歩いた2度目の訪問では、水族館の枠組みを超えて動物園、さら
【短歌】羽根はなくても
晴れたなら光が入るはずだろう津田沼パルコ曇天の下
大寒にケトル震わせ海竜の今際の声を放ちつつ朝
三万円 罰金刑に処せられるのも怖いから 束ねたら薔薇
ぬるま湯で溶いたじごくにまみれそう やわこく地獄、めんこく地獄
板橋と呼んでほとんど差し支えないほど北の、そうなの、来たの
さざんがく、さざんがくって唱えたら散々な夜にひらくさざんか
豆の数だけ歳を取り 鳩、ぼくら、よわよわしくていい、と
【短歌・自選百首】幻猿図鑑
むかしむかしあるところにはあるという愛を探した柴刈りでした
世界一美しい猿も水辺にてわれは猿だと思うだろうか
海獣の骨格だけが知っているかつて入江であった日のこと
パーで勝つ。パイン、パインと歩みよる。ち、よ、こ、れ、い、と、を、ぼくにください
翼よ、とリンドバーグになり切って指差す名無き街や街の灯
カテーテルつながれた駅 地下鉄も持病抱えて走り続ける
【取り急ぎ】【至急】【緊急】わく