二重らせん構造の往来――微塵の子Ⅲ
5月某日。
同棲していた部屋に新しい蒲団が届く。
単身赴任先からの一時帰宅できる日の目途が立ったため、
婚約者から同意を得てから搬入した。
彼女は前に進もうとしていた。
結婚前のふたり暮らしの中で諦めていたこともあったのだと思う。
ダイビング、小旅行、気兼ねなく出かけることの喜びを語る彼女。
職務命令で行動制限をかけられている僕は少しだけ複雑な気分になった。
でも、僕が抱いた思いは、現代の社会状況の中で、
子を持ち育てる多くの女性(彼女も遠くない未来に望んでいる)が
家のソトで過ごす配偶者に対して抱いてきた感情とも呼応しているように感じるのだ。
男性として、男性(社会)のずるさに、自覚的でなくてはならないと思うのだ。
三十分かからなくても隔たれてて過ごせばやがて埋まらない距離
新しくS字フックが部屋に増えたが頼りない 所在なく居る
>「特定の場所や誰かに依存するのはやめた方がいいと思うよ」
どこまでも行けるあなたを疎ましく思わない ここに縛り付けない
ばらばらに過ごした日々も遺伝子に刻まれるのか 触れないでいる
果たして、新しく搬入した蒲団の寝心地は良かった。
しかし、一時帰宅の日、もともとふたり暮らしの部屋だったのに、
間借りしているような罪悪感めいた気分もあった。
帰宅した僕を見た彼女は開口一番、外を引いてきたスーツケースを雑巾で拭くように言った。
僕は今や彼女の生活拠点の異分子だった。
ふたり分の間取りだった部屋が、なんだかしぼんでしまったような気もした。
生活の移植手術を試みてスーツケースにひと晩分を
>「朝からは来なくていいよ 自分ごと先に延ばすの癖になるから」
帰りたく帰った家で寝て夢が遠い旅先(飯田市)の謎
疑似的にふたりで過ごすひと晩はふたり未満のさびしさでしょう
名残惜しそうにしてよってわがままだ僕はわがままのまま手を振る
生活拠点が分かたれたまま、入籍が近づいている。
彼女は誕生日を迎えた後に一気に手続きを終えるつもりだと言った。
ほとんどの対応を彼女に任せてしまうこと、
心理面でも、実生活面でも実感を持たないまま、法律上の「夫」になるということ。
些細なことかもしれない。でも、ひとつひとつ、こころに留めておきたい。
僕らは皆、宇宙の微塵の子。
旧姓を証明書類に残すには改正戸籍法も力なく
>「誕生日、今の名字で過ごしたい 今の私として過ごしたい」
赤坂で坂を上って下るだけ これはどうやらデートではない
夫って呼ばれたいかは別にしてもっと自信を持っていかねば
二十二時 いつもあなたが眠そうにしていたことを想えば祈り