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NAK &ひーちゃん
2023年3月27日 17:51
こんにちは。NAKです。音楽を仕事にしているせいか私にとって文章を書くことは、リズムやフレーズを持ったメロディを奏でることに似ています。だから、声に出して読んだとき、読みやすくて心地のいい文章が好き。たとえ難しい語彙を使い、一つのフレーズが驚くほど長かったとしても、心地よく感じる文章ってありますよね。それから、静寂。音楽も静寂って大切なんです。静寂に耳を澄ますこと
2023年1月30日 10:20
〜 目次 〜 #1 【少年⑴】 #2 【少年⑵】 #3 【不毛の地⑴】 #4 【不毛の地⑵】 #5 【不毛の地⑶】 #6 【不毛の地⑷】 #7 【洞窟⑴】 #8 【洞窟⑵】 #9 【洞窟⑶】 #10 【胎児】 #11 【胎内⑴】 #12 【胎内⑵】 #13 【14才の少年】 #14 【7年分の涙⑴】 #15 【7年分の涙⑵】 #16
2023年1月27日 20:55
【少年⑴】 少年は自転車カゴに長靴を放り込むと、颯爽とペダルを漕ぎ始めた。このままどこまでも気の向くまま自転車を走らせよう。 ぼくは自由になる。 昨夜から今朝にかけて降っていた雨はやみ、その名残りがかすかにアスファルトを滲ませている。空は青く雲ひとつない。快晴だ。 少年はペダルを踏む足に力を込めた。軽やかに回転する2本の足が、少年を既知の風景から未知のそれへと誘(いざな)ってくれるだ
2023年1月30日 09:25
【少年⑵】 少年は通りから漂ってくる夕方の匂いが大好きだ。ここは焼き魚、ここは餃子、この家はカレーライス。ぼくがこうして歩いている同じ時間に、料理をしている人、テレビを見ている人、お風呂に入っている人がいる。夕方は、人々の息づかいが一番生々しく感じられる時間だと少年は思う。 しかし、ここにはそれがない。どうやら人がいないのは雑貨店だけではないようだった。夕飯の匂いはどこからも漂ってこないし、
2023年2月3日 08:54
【不毛の地⑴】「ほれ、起きれ。ほれ、行くぞ。」 重たい瞼を開けると、浅黒い皺くちゃの顔がこちらを覗き込んでいる。驚いた僕は身をよじり、咄嗟にこの見知らぬ男から離れようとした。 「話はあとやね。もう出発しなきゃなんねぇ。ほれほれ、起きれ。」 男が僕の腕をつかむ。腕を引っ張られた僕は、よろめきながら立ち上がった。何か言おうとしたものの、乾燥した上唇と下唇が張りついて上手く喋れない。
2023年2月6日 07:45
【不毛の地⑵】 僕が寝ていた低木が遥か彼方の点となり、とうとう見えなくなったとき、僕はため息をつき呟いた。 「生まれたてのほやほやとはね。ふざけた話だ。」 そして、馴染みのない自分の手を見つめながら、ぞんざいな口調で男に話しかける。 「ところで、こんな大きな僕を生んだのは、いったい誰なんだろうね?」 男は皺くちゃの顔を僕に向け、口元を緩めた。 「そりゃあんた、あんたは始ま
2023年2月10日 08:36
【不毛の地⑶】 今、僕の身には不可思議なことが起きている。僕は僕を知らない。ここがどこなのかも知らない。しかし、この男は僕を知っていると言う。 とりあえず、それだけでもこの男についていく価値はありそうだ。こんな乾いた何もない赤土の上で、何もわからず立ち尽くしていても飢え死にするだけだろう。 僕の記憶は、この男が僕を覗き込んだところから始まっている。それ以前の記憶はない。記憶喪失なのかもし
2023年2月13日 06:40
【不毛の地⑷】 一体この男は何者なのだろう。どこから来て、どこに僕を連れて行くのだろう。 「見えるものと見えないものの境目さね。」 男は当たり前のように、僕の心に浮かんだ質問に答えた。 「そこはここから近いのか?」 どうせ答えらしい答えは返ってこないだろうと思いつつ、僕は聞く。 「近いと思えば近いし、遠いと思えば遠いやねぇ。」 どうやら僕を冷やかしているわけでないようだ
2023年2月17日 07:36
【洞窟⑴】 陽が傾いてきたせいか、あんなにも痛かった陽射しは弱まり、急激に寒くなってきた。薄い布を一枚纏っているだけの僕は、ブルッと身震いする。 「寒いかや? そらそうやねぇ。寒いに決まっとるやねぇ。でもほれ、あすこの山。あの崖下に着いたらあったかいやね。」 歩き始めたときは小さな点でしかなかった岩が、今は巨大な山として目の前に聳えていた。緑に覆われた山頂は平らかに広がり、ここから見え
2023年2月20日 08:18
【洞窟⑵】 洞窟は、どんなに歩いてもちっとも暗くならなかった。どこかに蝋燭や松明があるに違いないと、あたりを見回しながら歩いてきたが、その反面、この明るさが蝋燭や松明のそれとは異なることにも、僕は気がついていた。 「ここは境目さぁね。暗いも明るいもないやね。」 僕の疑問を察した男が、穏やかな口調で言う。ここが、見えるものと見えないものの境目。境目からやって来た僕を知っている男が、境目に
2023年2月24日 19:48
【洞窟⑶】 僕がこの男を呼んだとでもいうのだろうか? いつ? どうやって? 僕は一体誰なんだろう。なんだって、あんなところで寝ていたんだろう。 「そりゃぁあんた、教えたとおりさね。生まれたてのほやほやだったんさね。」 「始まりの者から?」 「そうそう。」 結局は、創造主様のお話に戻るのか。この男の言うことは、なにもかも僕にはさっぱりだ。 「あんな辺鄙なところに生み落とすなん
2023年2月27日 08:48
【胎児】 胎児は見えない夢をみる 見えない母親の夢をみて 見えない父親の夢をみる 見えない母親に波長を合わせ 見えない父親に波長を合わせる そうして 見えない羊水に身を浸し 見えない羊水に身を溶かした胎児は 始まりの者と一体になる
2023年3月3日 09:59
【胎内⑴】 私は私に境界線があることを知らなかった。 無限に広がる胎内は、たくさんのさまざまな波動で満ちていて、私はこれらの波動と繋がり、混じり合う、無限に広がった大きなひとつの生命体だった。この生命力に溢れた穏やかな無限の広がりが、胎内にいる私をいつも優しく包み込んでくれていた。 母はいつも、私に話しかけてきてくれた。母の意識が波動を通じて伝わってくると、私も波動を通じてそれに応じる
2023年3月6日 11:57
【胎内⑵】 それらの境界線はどれも似通った形をしていたけれど、ひとつも同じものはなくて、大きさもさまざまだった。共通点は上部が楕円で、左右にある細長いものが頻繁に動き、下部が2つに分かれていること。 特に左右にある細長いものの動きは、見ていて飽きなかった。見ているといっても、映像として見ていたわけではないのだけれど。その細長いもので、ときおり母と私の波動に触れてくる父は、いつも波動ではなく