連載小説 魂の織りなす旅路#6/不毛の地⑷
【不毛の地⑷】
一体この男は何者なのだろう。どこから来て、どこに僕を連れて行くのだろう。
「見えるものと見えないものの境目さね。」
男は当たり前のように、僕の心に浮かんだ質問に答えた。
「そこはここから近いのか?」
どうせ答えらしい答えは返ってこないだろうと思いつつ、僕は聞く。
「近いと思えば近いし、遠いと思えば遠いやねぇ。」
どうやら僕を冷やかしているわけでないようだ。始まりの者を信仰するこの男にとっては、近いも遠いも大差ない無関心ごとなのかもしれない。
僕は再び黙ると、自分の手をためつすがめつ見つめながら歩いた。記憶がないのでこの手には馴染みがない。僕はぎゅっと手を握りしめた。もわっとした鈍い感覚が手のひらに広がる。なんとも心許ない、薄ぼんやりとした感覚だ。赤土を踏みしめる足裏に、ぐっと力が入る。
もたげていた頭を起こし、どこまでも広がる赤土と、低木が点在する不毛の地をぐるりと見回す。丸一日歩き続けたところで、この景色は変わらなさそうだ。
変化のない眺めにうんざりしてきた僕は、始まりの者がそこらじゅうに満ちているという、男の言葉を思い出す。それならこの手で掴み取ってやろうじゃないか。僕は苦々しく笑う。そして、目の前の空間を掴んだ。
「ひゃっひゃっひゃっ。あんたは面白い人やねぇ。どうかや?掴めたかや?」
男は皺くちゃな顔をさらに皺くちゃにして、笑いながら振り向いた。
「始まりの者は掴めんよぉ。手のひらを空に透かしてみぃ。」
開き直った僕は、半ばやけになりながら空に向かって両腕を伸ばした。手のひらを太陽に向ける。僕の両手がみるみるうちに、空気に溶け出し透けていく。手のひらで遮っていたはずの太陽が、僕の目を鋭く貫いた。
僕の手が、僕自身が、消えてしまう。僕はすかさず両手を引っ込めた。恐る恐る胸元を覗き込んでみる。両手は何事もなかったかのように、僕の胸に収まっていた。
「わからんかや? あんたも俺も、始まりの者で満ちているさね。」
そう言うと、男は再び歩き始めた。
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