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連載小説 魂の織りなす旅路#2/少年⑵

光たちからのメッセージ小説。魂とは?時間とは?自分とは?人生におけるタイミングや波、脳と魂の差異。月曜日と金曜日に更新。

【少年⑵】

 少年は通りから漂ってくる夕方の匂いが大好きだ。ここは焼き魚、ここは餃子、この家はカレーライス。ぼくがこうして歩いている同じ時間に、料理をしている人、テレビを見ている人、お風呂に入っている人がいる。夕方は、人々の息づかいが一番生々しく感じられる時間だと少年は思う。
 しかし、ここにはそれがない。どうやら人がいないのは雑貨店だけではないようだった。夕飯の匂いはどこからも漂ってこないし、台所やお風呂の水音も聞こえてこない。
 路地はこんなにも狭く、家々にはちゃんと明かりが灯っているのに、物音がまったく聞こえてこないのだ。人の気配が感じられない。まるで、ぼくの時間だけが流れているみたいだ。
 狭い路地を抜けると川原が見えてきた。川沿いの遊歩道には、犬の散歩をしている人も、マラソンをしている人もいない。そこにいるのは少年だけだ。  
 少年は自転車を降り、眼下に流れる川を眺めた。川岸には草木が生い茂り、空を見上げるとピンク色に輝く雲の向こう側に、淡い水色の空が広がっている。
 ここには誰もいない。あるのはぼくの時間だけだ。少年は着ている服も、靴も、手も、足も、自分の全部が夕陽色に染まっていることに気がついた。
 ぼくは夕陽になる。少年がふとそう思ったとき、草木がにわかにざわめいた。柔らかな風が少年を優しく抱擁する。
 ぼくは風になる。少年は生い茂る草木をかき分け、川辺まで降りていった。


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