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小説《魂の織りなす旅路》

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光たちからのメッセージ小説。魂とは?時間とは?自分とは?人生におけるタイミングや波、脳と魂の差異。少年は己の時間を止めた。目覚めた胎児が生まれ出づる。不毛の地に現れた僕は何者なの… もっと読む
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*小説《魂の織りなす旅路》 章ごとの目次と解説

*小説《魂の織りなす旅路》 章ごとの目次と解説

〜 目次 〜

少年

不毛の地

洞窟

胎児・胎内

14才の少年

7年分の涙

老人・お父さん

差異



手紙

書道教室

時間

失明

暗闇

目覚め

境目に在る魂

苦難

動き始めた時間・赤ん坊

魂の解放

再会

〜 解説 〜

◉《魂の織りなす旅路》の成り立ち

◉タイミングを大切に

◉五感で読む

*小説《魂の織りなす旅路》 少年

*小説《魂の織りなす旅路》 少年

【少年】

 少年は自転車カゴに長靴を放り込むと、颯爽とペダルを漕ぎ始めた。このままどこまでも気の向くまま自転車を走らせよう。

 ぼくは自由になる。

 昨夜から今朝にかけて降っていた雨はやみ、その名残りがかすかにアスファルトを滲ませている。空は青く雲ひとつない。快晴だ。
 少年はペダルを踏む足に力を込めた。軽やかに回転する2本の足が、少年を既知の風景から未知のそれへと誘(いざな)ってくれるだろ

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*小説《魂の織りなす旅路》 不毛の地

*小説《魂の織りなす旅路》 不毛の地

【不毛の地】

 「ほれ、起きれ。ほれ、行くぞ。」

 重たい瞼を開けると、浅黒い皺くちゃの顔がこちらを覗き込んでいる。驚いた僕は身をよじり、咄嗟にこの見知らぬ男から離れようとした。

 「話はあとやね。もう出発しなきゃなんねぇ。ほれほれ、起きれ。」

 男が僕の腕をつかむ。腕を引っ張られた僕は、よろめきながら立ち上がった。何か言おうとしたものの、乾燥した上唇と下唇が張りついて上手く喋れない。

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*小説《魂の織りなす旅路》 洞窟

*小説《魂の織りなす旅路》 洞窟

【洞窟】

 陽が傾いてきたせいか、あんなにも痛かった陽射しは弱まり、急激に寒くなってきた。薄い布を一枚纏っているだけの僕は、ブルッと身震いする。

 「寒いかや? そらそうやねぇ。寒いに決まっとるやねぇ。でもほれ、あすこの山。あの崖下に着いたらあったかいやね。」

 歩き始めたときは小さな点でしかなかった岩が、今は巨大な山として目の前に聳えていた。緑に覆われた山頂は平らかに広がり、ここから見える

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*小説《魂の織りなす旅路》 胎児・胎内

*小説《魂の織りなす旅路》 胎児・胎内

【胎児】

 胎児は見えない夢をみる

 見えない母親の夢をみて

 見えない父親の夢をみる

 見えない母親に波長を合わせ

 見えない父親に波長を合わせる

 そうして 

 見えない羊水に身を浸し

 見えない羊水に身を溶かした胎児は

 始まりの者と一体になる

【胎内】

 私は私に境界線があることを知らなかった。

 無限に広がる胎内は、たくさんのさまざまな波動で満ちていて、私はこれら

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*小説《魂の織りなす旅路》 14才の少年

*小説《魂の織りなす旅路》 14才の少年

【14才の少年】

 少年の目はどこも見ていない。隣室で寝ていた両親が土砂に巻き込まれた日、少年の時間は動きを止めた。

 母親の遺影を持った少年の横に、父親の遺影を持った伯父が立つ。弔問客を前に挨拶する伯父の声は、少年の耳には届かない。少年は静寂に耳を傾け、暗闇に身を沈めていた。
 以来、少年は伯父の家から学校に通っている。励まし寄り添ってくれていた友人たちは、無口で無表情になった少年からひとり

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*小説《魂の織りなす旅路》 7年分の涙

*小説《魂の織りなす旅路》 7年分の涙

【7年分の涙】

 「こんにちは。」

 大学図書館の裏庭で本を読んでいた僕は、頭上から降ってきた突然の聞き慣れない声に驚き、体をビクリと痙攣させた。

 「驚かせてごめんね。あなた、いつもここで本を読んでいるでしょ? ずっと気になっていて。思い切って声かけちゃった。」

 本から目を外した僕は、彼女の人懐っこい笑顔にどぎまぎしながら、ぎこちなく答える。

 「ここは人気がなくて静かだから。」

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*小説《魂の織りなす旅路》 老人・お父さん

*小説《魂の織りなす旅路》 老人・お父さん

【老人】

 その老人は目が見えない。老人はソファーにもたれ掛かると静かに瞼を閉じ、追想に身を委ねた。

 「お父さん、あれに乗りたい!」

 赤い風船を持った娘が、父親の服の裾を引っ張った。父親は娘の手から風船を受け取り、空中ブランコ乗り場へと娘を送り出す。
 今日、娘は何度このブランコに乗るだろうか。父親は近くのベンチに腰をおろし、回転しながら舞い上がっていく娘を眺めた。満面の笑顔で手を振る娘

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*小説《魂の織りなす旅路》 差異

*小説《魂の織りなす旅路》 差異

【差異】

 誰もが差異を抱えて生きている。差異を抱えたまま人と繋がり、差異を抱えたまま己の人生を選択する。
 私にとって、そうした差異から距離を置く時間はとても大切で、いつも穏やかで静かな場所を探している気がする。たとえば、この喫茶店のこの片隅の席。店内には穏やかな曲調のクラシックが抑えた音量で流れていて、空いているときは自分だけの時間に身を浸すことができる。

 カランコロン。喫茶店のドアが開

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*小説《魂の織りなす旅路》 魂

*小説《魂の織りなす旅路》 魂

【魂】

 老人は閉じていた瞼を静かに開き、その何も映し得ない瞳で妻を見た。今日の風は柔らかいねと妻が言う。今日の風は柔らかいねと、老人は頭の中で何度も何度も反芻する。そして、居間のソファーから立ち上がると縁側に向かった。
 縁側の籐椅子に腰を掛け、水音に耳を傾ける。竹筒から水鉢へと流れ落ちる水の音。この家を購入したときに、妻の希望で置いた水鉢だ。
 2人でこの籐椅子に座り、この水音をBGMによく

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*小説《魂の織りなす旅路》 手紙

*小説《魂の織りなす旅路》 手紙

【手紙】

 あのときはどうもありがとう。君のおかげで動揺した僕は落ち着くことができた。帰国しなければ後悔していたに違いない。父はあれから2ヶ月頑張ったよ。短い期間ではあったけれど、僕は僕なりにできる限りのことを父にしてやれたと思う。
 父は僕の帰国をとても喜んでくれた。悪いなと言いながら、嬉しさを隠し切れないんだ。母は大丈夫なのにと言いながら、何につけても僕を頼ってくれた。
 父の死は穏やかなも

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*小説《魂の織りなす旅路》 書道教室

*小説《魂の織りなす旅路》 書道教室

【書道教室】

 「また明日来てもいい?」

 「もちろん!待ってるね。」

 茜は腰をかがめた私にぎゅっと抱きつくと、嬉しそうにスキップしながら帰っていった。
 この書道教室に、丁寧なお辞儀をして帰っていく子どもは1人もいない。師匠はそういう儀礼的な所作が大嫌いなのだ。ひとつくらい型のない場があってもいいだろうと師匠は言う。
 ここでは己の本質と向き合うことが求められる。そのためには本質を閉じ込

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*小説《魂の織りなす旅路》 時間

*小説《魂の織りなす旅路》 時間

【時間】

 炎の変幻自在な動きに、魂の波動が共鳴する。この波動が身体のあらゆる組織を振動させると、私は物質世界からの解放を感じて恍惚となる。
 本当は、休日のたびにひとりキャンプがしたいのだけれど、女性のひとりキャンプは危険がつきものだ。危険を回避するために、キャンプ場で人の多い場所を選ぶなど本末転倒なので、休日のたびにとはいかないけれど、私はグランピングを利用している。

 「これは夜にお勧め

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*小説《魂の織りなす旅路》 失明

*小説《魂の織りなす旅路》 失明

【失明】

 見えるはずの機能を持ったこの目は、僕に何も見せてはくれない。

 最初は見えにくく感じる程度で、年のせいだろうと思っていた。ところが、ほんの1、2ヶ月で目に映るものが加速度的に霞んでいく。さすがにこれはおかしいと病院へ行くことにした。
 複数の病院に診てもらったが、異常は見つからなかった。どの医師も首を捻るばかりだ。それでも視力は診てもらうたびに落ちていく。

 視界のぼやけがひどく

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