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大日本末期文学全集

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終末感が滲み出る文章がまとまったら、ここに投稿します。イラストと文を合わせて一つの作品になっていることもあるので、雑誌のような感覚でお楽しみください。
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2023年6月の記事一覧

『またの機会に』

『またの機会に』

土地勘のない街へ

はるばる逃げてきたものだから

捕まったあとは所轄のほうへ

護送されることになって

距離にして800kmはあるだろう

盗んだ軽自動車で通った高速道路を

今度はセダンの覆面パトカーで

折り返すことになる

途中でパーキングエリアに寄って

休憩になるとは思わなかった

トイレにいけた

腹が減った

パンを買い与えられた

ほんとうはうどんが良かった

カレーうどんなら

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『だいぶ用意がいいじゃないか』

『だいぶ用意がいいじゃないか』

念願の別荘を手に入れた

都会の喧騒から離れた

ごく静かな場所に

ある実業家が所有していた物件を

その人が亡くなったというきっかけで

知り合いを辿って購入した

少し築年数はあるけども

手入れが行き届いており

その古さは感じないうえに

たいそう清潔に保たれていて

妻も私も

とても満足している

そしてこの高台から見下ろす

水平線が格別

目下の岬と灯台を除いては

視界を遮るも

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『ビアホールと裏路地と』

『ビアホールと裏路地と』

先輩が連れてきてくれたのは、趣のある古い洋館づくりのようなところで。

ブラウなんちゃらっていう、つまりソムリエのビール版みたいな人がいて、おいしいビールを飲める店なんだっていう。

ドイツ風なのかな、民族衣装みたいのを着て踊っている一団がいる。そのうちこっちに来るんだろう。

そんなに高級店ってわけではないんだろうけど。普段、安い居酒屋にしか縁がない俺からしてみたらじゅうぶん異世界で。

「じゃ

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『葛藤など』

『葛藤など』

お父さんが会社を辞めました。それで若い時からの夢だった、お店をもったんです。
お父さんはわたしが生まれる前から一生懸命働いていて、趣味もこれといってなく、お酒やたばこにも使わないで、お金を貯めていたみたいです。銀行員だからお金のことには詳しくて、ただ貯めるだけでなく、たくさん増やしたようです。だからお店をやらなくても、もう会社を辞めて、わたしたち家族を養うだけの貯金はあるとききました。
ほとんど趣

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『月曜の朝に』

『月曜の朝に』

きのうの晩

安い白ワインを

がぶ飲みしたせいか

頭痛が酷いので

きょうは会社を休む

有給はたっぷり残ってるし

どうせ必要とされてないから

気兼ねすることもない

始業5分前に

電話すればいいだろう

もういちど布団に潜りこむ

縁もゆかりもない

僻地のワンルームマンション

妻には逃げられた

子供を連れて

逃げられた

それも自業自得で

つまりは本社勤務時代に

加入してい

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『トライアングル』

『トライアングル』

夫がぜんぜんまともに働いてくれないから、おかげでほとんどわたしの稼ぎで、子供含めて3人分をやりくりしてる。わたしは仕事が好きだからかまわないんだけどね。

ママはめちゃくちゃ仕事で忙しくて、毎日終電かタクシーで帰ってくるから、俺が学校サボって家事とかもやってる。勉強する暇ない部活なんてもってのほか。まあ料理も洗濯も掃除も楽しいからいっか。

息子がぜんぜん勉強しないから、別にそのかわりってわけじゃ

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『廃デパートで』

『廃デパートで』

屋上の遊園地の

あるくパンダに乗りたくて

それで100円玉を

まいにちのように

階下のレジから

漁っていたんだけど

いよいよ100円玉が尽きて

他の硬貨は

受け付けてくれないから

僕はもうあるくパンダに

乗れなくなってしまった

油が切れたのか

ギーコギーコと音がする

100円玉を

回収して

もういちど投入したら

あるくパンダは動くんだろう

だけど運賃箱の鍵を

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『僕の場合は』

『僕の場合は』

「仕送りはどのくらいかな?」

課長の息子さんが

来年の春には進学で

上京するようで

「住むのにお勧めの街あったら」

四年前まで

東京で大学生をしていた僕に

いろいろと訊ねてくる

「学生寮でも充分だよなぁ」

僕の場合は

親から一切の援助がなく

奨学金を借りて

今も返済していること

それから生活費と小遣いは

すべてバイトで賄ったこと

そんなことを伝えて

「おまえ案外しっ

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『牛乳が苦手である。』

『牛乳が苦手である。』

さて我が息子、ヒロは牛乳が苦手である。

給食でもいつも残している模様。ただそれを先生に咎められてはいないし、ワタシとしても別にそこで”食育”なんちゃらを発動しないので、別にかまわないんだけど(ちなみに食事はいつも残さずいただいているそうです)。

ただヒロ本人はどうやら給食で毎度残すことに対して、良心の呵責があるようで。だからこの状況をなんとか打破したい、でも牛乳自体は飲みたくないというジレンマ

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『付け火』

『付け火』

「ああぁあ;あ!」

声にならない金切りのような音を

四方八方に女は響き渡らせる

「助けに!助けに戻らせて!」

そう喚きながら女は

消防隊員に羽交い絞めにされて

その華奢な身を揺らしていた

「まだ中に子供がいるんです!」

僕は物陰からその様子を

一部始終ムービーとして抑える

燃え盛る炎とシンクロして

じつに美しい

「夫は、夫はどこですかぁ!」

人様のモノに火を付けたことなど

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『で今、』

『で今、』

いま思えば別に恥ずかしがることじゃないんだけど、うち実家がコンビニやってて。その上の2階3階が住居でね。

中学のときとかバレるのが嫌だから、たまたま自宅の下にコンビニがあるってことにしてたわけ。

両親とも店番してたから、まず友達には親だって紹介しないよね。それから俺自身も店にはなるべく行かない。

友達と仕方なく行くことになったら、シフト確認してからバイトの人が入ってる時間帯を狙って。

もち

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『『真冬の空蝉殺人事件』 制作発表会』

『『真冬の空蝉殺人事件』 制作発表会』

司会「それでは定刻となりました。本日はマスコミ各社の皆様、お忙しいなか2024正月公開『真冬の空蝉殺人事件』制作発表会にお越しくだいまして誠にありがとうございます。さっそく監督および豪華キャストのみなさんに挨拶をいただきたいと思います。まずは、脚本も務められました化野監督、お話をお聞かせください」

化野「えぇ、あ、どうも。化野です。あのね、これ、ほんとは作るつもりなかったんだよな、ただスポンサー

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『お見かけのかたは(お見かけのかたは)』

『お見かけのかたは(お見かけのかたは)』

「ま、あたしゃぁね立場上あぁたを守るから」

「ううぅ和尚さん…」

「じきにハイヤーが来るからもうちょいだ」

「なにからなにまですみません…」

「仏様に誓うことだね」

「うわぁぁ!(号泣)」

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♪ぴんぽんぱんぽ~ん

臨時町内(臨時町内)

放送です(放送です)

本日(本日)

16時頃(16時頃)

字十四の(字十四の)

好本さんの(好本さんの)

お宅から(お宅から)

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『あぶねあぶね。』

『あぶねあぶね。』

知り合いの社長の会社でパーティがあるから来いって誘われたんすよ、社員でも取引先の人間でもないのに、社長からじきじきにね。

そいで俺、まぁうまいもん食えるし酒も飲めるし、あとキレイどころいるっていうからノコノコと期待していったわけですよ。

俺なんかには一生縁がないっていうような高級ホテルの宴会場でさ、なんかすごい料理たくさんあってね。びっくりしたね。

社長のところ御礼に行こうと思ったんだけど、

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