『付け火』
「ああぁあ;あ!」
声にならない金切りのような音を
四方八方に女は響き渡らせる
「助けに!助けに戻らせて!」
そう喚きながら女は
消防隊員に羽交い絞めにされて
その華奢な身を揺らしていた
「まだ中に子供がいるんです!」
僕は物陰からその様子を
一部始終ムービーとして抑える
燃え盛る炎とシンクロして
じつに美しい
「夫は、夫はどこですかぁ!」
人様のモノに火を付けたことなど
あとにも先にもなかった
女の夫と
その子供だけが
自宅に居る頃合いは測っていた
蒸し暑くなり始めたこの季節
少々難儀すると思われたけども
幸いにも晴天
ただやはり僕が投げ入れた火種は
この時候ではそう永くもたず
野次馬も散り散りとなり
そろそろ鎮火と思われて
「あああぁあ;ああーぁ!」
女はあいも変わらず
絶望の声を周囲に響かせる
あらかじめ調べを付けておいた
女のSNSへDMを送る
僕の名前と住所に
そんなメッセージを添えた
さてそろそろ僕は
部屋へ帰って
”そんなに散らかってないけど”
あらためて片付けをして
ほんのささやかだけど
新しいふたりの門出の
料理を準備しないと
返信がない
もうイイ時間が過ぎた
返信どころか
既読にすらならない
まったくこの女ときたら
ちゃんとスマホを
持って逃げ出たのだろうか
僕はもういちど
現場へ戻ろうと決めた