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『ビアホールと裏路地と』


先輩が連れてきてくれたのは、趣のある古い洋館づくりのようなところで。

ブラウなんちゃらっていう、つまりソムリエのビール版みたいな人がいて、おいしいビールを飲める店なんだっていう。

ドイツ風なのかな、民族衣装みたいのを着て踊っている一団がいる。そのうちこっちに来るんだろう。

そんなに高級店ってわけではないんだろうけど。普段、安い居酒屋にしか縁がない俺からしてみたらじゅうぶん異世界で。

「じゃ乾杯」

デカいジョッキが運ばれてきて、みんなにいきわたったときに、先輩の発声で宴が始まった。

上手に食レポできないけど、こんなビール初めてだわ。まず、泡がちゃんとしてる。比率も完璧。そしてなんか濃厚。いっしょに出てきたソーセージとめっちゃあう。うわーやっぱ違うんだなーって、感激して、先輩に御礼を言った。

「たまにはわるくないでしょ?」

毎日でもいいですよって冗談じゃなく思ったわけ。

きょう連れてきてもらったのは、俺の同期があと三人。友人でもありライバルでもある、照れくささを厭わず言うと、戦友と言ったところかな。

先輩は転職組で、いわゆる同期というのがこの会社にいないから、俺たちみたいな関係性がうらやましいんだとか。だからよくこうして飲みに連れてきてもらっているし、かといって先輩は自慢話や説教などを垂れることもなく、俺たちのバカ話を一緒になって笑ってくれている。

紅一点のカナちゃんこと長良見ながらみさん、きょうはいつもより酒のペースが早いみたいだ。

彼女まぁまぁ強いほうだと思うけど、ちょっと様子がおかしいから、気を付けないとなってそれとなく他の同期ふたりには伝えて。

「長良見、だいじょぶ?」

先輩も勘付いたようだ。

まだきょうは週の前半だし、そこそこにして切り上げることにしようかって話になって。案の定、いつのまにか先輩が支払いを済ませてくれていた。

けっきょく民族衣装の楽団がこっちに来る前に、俺たちは店をあとにしたわけ。

カナちゃんをみんなでタクシーに押し込んで、それから先輩へ御礼を改めて伝えて、残った男三人でちょっと飲みなおすことに。

さっきまでの大通りを一本外れて、裏路地へ。

先輩が立っているのが見えた。そこへタクシーが停まって、先輩は吸い込まれていった。俺たちの前を通りすぎるとき、後部座席の奥にはカナちゃんが見えたような気がする。俺たちを撒いて折り返してきて、ピックアップしたんだ。

他のふたりは先輩たちを見ていないのか、上機嫌で前を歩く。もしかして俺の勘違いかも知れないから、彼らには言わないでおこう。

ちょうどさっきのビアホールの裏手に差し掛かったとき、楽団のひとたちが衣装から私服に着替えて、日当らしきカネを勘定しているのが見えた。

もう少し酔いたい気分だったけど、なんだか覚めてしまって。それに二軒目のビールは、雑味が多くて泡ばかりで、なんだかやるせなかった。

翌日、先輩は有給休暇を使った。詮索するつもりもなかったけど、カナちゃんも休みだった。

俺はミスをして、課長に叱られた。




























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