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『僕の場合は』


「仕送りはどのくらいかな?」


課長の息子さんが

来年の春には進学で

上京するようで


「住むのにお勧めの街あったら」


四年前まで

東京で大学生をしていた僕に

いろいろと訊ねてくる


「学生寮でも充分だよなぁ」


僕の場合は

親から一切の援助がなく

奨学金を借りて

今も返済していること


それから生活費と小遣いは

すべてバイトで賄ったこと


そんなことを伝えて


「おまえ案外しっかりしてるんだな」


案外ってどういうことかなって

気になったけど

まぁ言葉のアヤだよな


「参考にさせてもらうよ」


いやいや僕の場合は極端だから

あまり参考になりませんし


バイトばかりで

単位を落としたりしたら

本末転倒ですよと

申し訳ない顔をして伝えた


「しかし、それに比べてウチのは…」


東京の大学に行くのは

勉強が目的ではなくて

ミュージシャンになりたいから

なんだそうだ


--


昼休みに課長と話していたことを

改めて自宅の風呂に浸かりながら

考えてみる


いや俺だってさ

バンドとかやりたかったよ


高校まで使ってたギターは

少しでも生活費の足しにと思って

上京したその足で

楽器屋に売った


友達のライブに誘われても

とても足を向ける気には

なれなかった


そもそもバイトで忙しかったし

チケット代なんてもったいないし


--


でも今なら少し

貯金ができた


それに田舎の会社だけど

最低限のビジネススキルは

身につけられたと思う


これも何かの契機かな


風呂から上がったら

退職願を書こう


なんとなく勢いで

そんなことを考えた


少し涼んで

アイスでも食べてから

書きはじめようか


あぁでも今日は眠いな

明日でもいいか






















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