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奇妙な味の短編

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奇妙な味の短編を集めてしまった。
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2021年9月の記事一覧

水回川頭鳥咥私

カラカラカラと水車が回って川底で頭を打った。
これで仕事が捗るかもしれないとオフィスでキーボードを打つ。
お客さんが全員戻って来た。
半裸である。
悲しそうだ。
見たことない悲しさだ。
でも川底はとても涼しい。
私に服は必要だ。
ダウンジャケットを重ね着する。
このオフィスはクーラーを効かせ過ぎている。
まるで冬のようだ。
この国は冬を殺したのにそれはおかしい。
お客さんは全員風邪を引いたまま帰っ

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呑み殺し

地下室の母親探して私は土を呑み込んでいく。
呑んでも呑んでも見つからぬところが母親らしいが素直な子供のままの私はいつまでも呑み込んでいける。
あらかた呑み込んだところでさらに呑み込んでいける。
土だけを呑み込んだところで見つからないのか?と首の角度を変え地下と地上も呑み込んでいく。
軽い町から重い星まで喰らったところで母親吐き出した。

バラバラだったけど母は母だ。

愛してる。

美味しい。

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聞こえない声

「おかえり」
妻は返事をしない。
帰宅したらメイクも落とさずソファーに横たわって何時間も動けなくなる。
「早くお風呂に入ってリラックスした方がいいよ」
返事はない。
身動きひとつない。
「食事も栄養バランスをもっと考えなきゃ」
妻はまた涙を流した。
「君なら大丈夫。俺は知ってる」
知ってるとも。

薄まっていく自分の体を見ながら夫はいつもの言葉をつぶやく。

ごめん、君のために死ねなかった。
ただ

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僕らの色彩

僕らの色彩

気が狂ってしまった友人を弔うことにした。
そのために全員を集めることにした。
みんな大学や仕事先を休んですぐに集まってくれた。
その友人もたいそう喜んだ。
その友人は気が狂ってしまっていたので、
「久しぶり」「元気だった?」「会えて嬉しいや」「また遊べるんやね」「あの頃みたいに戻れるかな?」と言っている。
僕らは答える言葉を持っていなかったのでそそくさと土を掘った。

その友人は深い穴の

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必ず当たる先生の数字

「さっきあの先生に8と言われたんだけどなんだったんだろ?」
「言われたんだ?」
「うん。あの先生時々数字だけ口にするのなんなんだろね」
「知らなかったの?」
「なに?」
「受験が成功する生徒の数よ。先月は9だったわ」
「私…」
「必ず当たるから怖いのよね」

時がなければ

「時間が怖くなりました」
「なにもかもが時間の通りに流されて殺されていきます」
「私たちはみな一緒の犠牲者だと知りました」
「時間の対義語は空間であるとも知りました」
「知ってしまったので」

そう言った彼女は空間に逃げ込んだ。

時の流れはなくなり彼女は静止したまま死となんら変わりのない物体と化した。

貴方は気付きもせず私のような女を愛し始めた

父も母もとうとう私のことだけに飽きたらず貴方のことまで罵り始めた。
心の奥底から憤怒が沸き立つ。
さんざっぱら幾多ある短所と長所の中から短所だけを幼年期からあげつらい私の自尊心を壊し続け、誰にも愛されない、愛されなくて当然だろうという『私』を作り上げたというのに、今度は貴方の番だとでもいうかのように優しい貴方から、自分たちにこき下ろされても当然だろうという情けない『貴方』を引きずり出そうとしている

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二人二体

二人二体

少女は自分を成長させるように人形も育て始めた。

母に見捨てれた日に与えられた人形は手のひらに乗るほど小さかった。

少女のほうは何時なんどきもその人形を手離すことはなかった。

握りつぶさぬように、手離さないように、起きているときも寝ているときも人形は少女の小さな手に繋がれていた。

誰も気づかない速度で徐々にだが確実に人形は育ち始めた。

少女の手から吸い出された思いは人形の中に充満していって

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教えなくてよかった

昨日の夜電話くれた?

深夜に知らない番号からメッセージ入っていたからさ。

あまりに小さくぼそぼそ言ってたんで聞き取れなくて、もしかしたらそうかなと思ったけど。

えっ、前から掛け続けていたの?

五年も前からずっと?

手当たり次第にずっと?

080から090から続く番号をずっと?

へぇ、君らしいね。


#眠れない夜に

刺さって

今日にも月が落ちてくるよと、自分は太陽だと名乗る人物から告げられても信用できるわけがないんだけども確かに月は突き刺さってきて、人間であることをやめざるを得なくなって、でも太陽は笑っていて、月は慰めてくれて、自分はどこにもいなくて、それが悲しくて悲しくて、こんなに惨めに書かざるを得なくなって、太陽はそれを笑って、月も笑うようになって二人は帰っていって、地球はそのままでだから僕もそのままで、だからそれ

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戻ってこれない少年たち

戻ってこれない少年たち

優しい夜だった。

僕らにふさわしくない夜だった。

あんなにも優しくされたら僕らも優しくなれそうだった。

でもだめだった。

また狩りを始めるしかなかった。