6/13 フェラーリとウーバーイーツ
「フェラーリですか?売りましたよ。
今転職活動中で金がなくなったのでウーバーでもやろうかと思って。
最近調子どうすか?」
1年半前、僕はホームレスをしていて、その日の飯に困っていた。
「ウーバーでもやんねぇとなぁ」
周りで、過去にウーバーをやっていてバッグが余っている人を探す。
1人見つけて声をかける。
飲の席で知り合った年下の彼と会うのは数えるほど。
深い話をしたこともあった。
快く譲り渡してくれるそうだ。
僕は当時、友達の空き家に居候していた。
2か月後に解約する家で、契約者である本人はもう別の家に引っ越し済みである。
ホームレスだが、もはや普通の一人暮らし。
野宿覚悟でなったホームレスだったが、僕が家を解約して1週間と経たず、そんな好条件の家がアッサリと見つかってしまった。
それがよくなかった。
定住してしまったことで気が緩んで、元々持っていたうつ病がひどくなっていたのだ。
昼夜逆転は当たり前である。
彼に会う当日になると、時間が近づくにつれて人に会うのが怖くなってしまった。
「ごめん、今日鬱がひどくなって行けないわ。」
そう言うと彼は
「じゃあ気晴らしにドライブでもどうですか」
と誘ってくれた。
「え、フェラーリ乗れんの、やった」
流石にちょっとテンションがあがる。
彼は真っ白のフェラーリの助手席にウーバーイーツのバッグを積んでやってきた。
「その組み合わせ、似合わねぇなあ・・・。ゴメンね、ホントありがとう」
そういってウーバーバッグを部屋に置くと、彼は夜の首都高に連れて行ってくれた。
彼が鬱の時、僕が電話で相談に乗ったことがある。
そのときとは逆の立場になった。
「今、プロ奢ラレヤーっていう人にハマってるんだよね~」
と話をすると
「あぁ、僕も昔購読してましたよ。いいですよね。」
とまさかの答えが返ってきたことを覚えている。
しっとりとした赤いシートに座って、10分もするとテンションもすっかり落ち着いてしまい、こちらからは何もしゃべらなかった。
そんなこと、普段ではあり得ない。
狭い空間で、僕が話を振らないわけがないからだ。
僕が鬱の真っ最中に他人と会うのは片手で数えるほどだ。
しかし、彼の落ち着いたトーンとその空気が妙にしっくりきた。
普段が頑張りすぎているのかな、とそのときふと思った。
それが1年半前の、秋のことだ。
それ以来の電話がかかってきたのが、今日の18時。
「ちょっとウーバーのバッグ返してもらってもいいですか?」
今僕は使っていないので当然OKと言うと、今すぐとりに行くと返事が来た。
「今日フェラーリで来るの?」
「いや、もう売っちゃったんすよ」
彼は電車で最寄り駅まで来た。
本来こちらが向かわないといけないのに、すまんと詫びてウーバーのバッグを渡す。
「日焼けしましたね。体デカくなったすね。」
デカくなってない。
ノースリーブだからそう思うんだ。僕は着やせする。
対して、彼は白く、細くなっていた。
ラグビー仕込みのガタイはどうした。
なぜか7:3に分かれた黒髪短髪、主張の強い青のストライプシャツはローソンに見えるからやめといた方がいいと喉まで出かけた。
全身ヴェルサーチに身を包み、金髪でガタイの良い彼はどこへ行ったのか。
あと、近い。
背が高いのだから、圧があるの考えてくれ。
そういえば1年半前、そろそろ真面目に就職してみると言っていたことを思い出した。大学でとった立派な免許を活かして。
去年の4月に入ったとして、1年で辞めてしまったのか。
何かあったのだろうか。
いや、反語だ。
風貌もこんなに代わり、フェラーリを売り、ウーバーイーツまでしようとしているのだから。
ただそういうことを隠す気も恥ずかしいとも思っていなさそうな彼の姿勢は、流石だなと思った。
詳しくは聞かなかったし、道の真ん中でずっと立ち話をする感じでもなかったから彼はすぐに駅への階段を下りて行った。
距離の近すぎる彼が僕を見る目が、眩暈がするほどまっすぐだった。
彼は変わっていなかった。
圧があることに気付かないところとか。
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