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Random Walk

287
執筆したショートストーリーをまとめています。
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2020年6月の記事一覧

だめキャン

だめキャン

「いやー…雨だねえ」
「………」
「なんかもう……雨だねえ」
「………」
「とことん、雨だねえ」
「………」
「ねえなんか言ってよ、気まずいじゃん」
「お前さっきから『雨だ』としか言ってねえじゃねえか。情報がいっこも増えねえのにリアクション返せるかよ」
「そりゃそうだけどさ」

ぱたぱたと雨粒がテントの屋根を叩く。男二人で川縁に張ったテントの中でぼけっと過ごしているところだった。もちろん外は雨。

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魔窟

魔窟

いやいやいやいや。無理。これは無理でしょ。
業者に頼んだ方がいいって絶対。

私は天井近くまで埋め尽くすゴミの山を前にして完全に心を折られていた。

友人のゆるふわ系女子の実乃里から「折り入って相談があるの」と言われたときは、「お、男の話か?」などと浮ついた気持ちで「なんでも言ってよ」と安請け合いをし、「部屋の掃除を手伝ってほしい」と言われたときは「やっぱり男がらみか」とさらに一層気合が入ったのだ

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二人分のチケット

二人分のチケット

看板を眺めていたら、声をかけられた。

「良かったら、チケットが余っているのでいかがですか?」

僕が振り向くと、車椅子に乗った年配の女性と、その後ろで車椅子を介助している若い女性が立っていた。
声をかけてきたのは年配の女性の方だった。
穏やかながらも凛とした声で、車椅子に座ってはいるけれど、背筋はピンと伸びていて気品が漂っている。

「僕の事ですか?」
「ええ、あなた、先ほどからその看板をじっと

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夏越の祓

夏越の祓

しとしとと小降りの雨が降る中、氏子さん総出で編んだ茅の輪を神社の入り口の鳥居に荒縄で結わえ付ける。地面に置いてあるときもサイズがあるとは思ったけれど、立ててみるとやっぱり大きい。

今年に入ってから巫女のアルバイトを始めた私には初めて見る光景だった。
私がぽかんとした顔で茅の輪を眺めていると、今年は特に集団で集まることができなかったから、準備も大変だったのよ、と氏子のおばさんが教えてくれた。氏子に

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迷惑メールの精

迷惑メールの精

ぱぱらぱー、という安っぽいファンファーレがスマホから鳴り響くと、
ポワンという効果音と共に髭面のおっさんがどこからともなく現れた。

「は?は?」

僕は訳も分からず戸惑う。そんな僕を無視して若干暑苦しさが目立つ笑顔でおっさんが告げる。

「おめでとうございます!あなたが今年迷惑メールを削除した記念すべき3000000000人目の方(累計)になります!」
「ちょっと待ってください、なにがなんだか分

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サボテンと枯れ女

私は植物を上手く育てることができない。

植物自体は好きで、よく鉢植えを買ってくるのだけど、どうやっても花が咲くまでに枯れてしまう。それを半分冗談で話のネタにしていた自分も悪いのだけど、いつの間にかついたあだ名は「枯れ女」。

ついでに言えば、恋人自体はすぐ出来るのに、いつも長続きしない私を揶揄してついたあだ名でもあるらしい。

これについては事情があって、声をかけてくるのはいつも男性側からなのだ

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非日常はすぐそこに

非日常はすぐそこに

サービスエリアの食事が好きだ。それも深夜の食事。

サービスエリアといっても今流行りの大規模な、それこそサービスエリアだけで数時間過ごせるような華やかでおしゃれなところではなくて、言い方は悪いけど、古くてちょっとうらぶれたようなサービスエリアが良い。

メニューもオリジナリティ溢れるご当地メニュー!といったものではなくて、醬油ラーメンとか、カレーとか、からあげ定食とか、どこにでもあるようなやつ。

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ワガハイは猫である。

ワガハイは猫である。

名前はちゃんとある。というかワガハイが名前なのである。
白地に黒のハチワレ頭に口の上にちょびっと黒が乗っかっており、それがどうにも七三頭と口ひげに見える。ゆえにその名をワガハイという。

もちろん猫であるからしてきちんとした猫ひげが生えており、ドアの隙間を通り抜けるときなどはその性能を遺憾なく発揮しているのであるが、どうにもどんくさいところがあって、水を必死に飲みすぎて思わず前足を突っ込んでしまっ

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感情パラメータ

感情パラメータ

僕は人の感情が分かる。比喩ではない。実際に『見える』のだ。
それは相手の頭の上に円グラフの形で表示され、その人の感情の中で「喜」「怒」「哀」「楽」がそれぞれどのくらいの比率なのかが分かるようになっている。

子どもの頃はわりと便利だった。
例えば友達がワンワン泣いているときに、怒っているのか、悲しんでいるのかがグラフを見れば一目でわかる。それに応じて僕は「ごめんね」とか、「悲しかったね」とか適切な

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不揃いの傘

不揃いの傘

「ちょっと、水がこっちに垂れてきてるんですけど」

私は持っていた傘をちょっと持ちあげて隣を歩く彼に文句を言う。

「なんだよ、しょうがないだろ、わざとやってるんじゃないし」

彼は不満げに反論する。中学に入ったばかりの幼馴染の私たちは並んで登校するのが常だった。今日みたいな雨の日はお互い傘を差して歩いているのだけど、私の方が背が高いから、彼の差す傘から垂れた水がちょうど私の肩にかかる位置に来るの

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77年目の手紙

77年目の手紙

ピンポーンというチャイムの音に玄関の引き戸を開けると、郵便屋さんが困った顔をして立っていた。

「はい、なんですか?」

僕が応対に出ると郵便屋のおじさんはこちらを見て問いかけてくる。

「えーと、あのですね、鈴木キンさんのお宅はこちらでしょうか?」
「はい、そうですけど…ひいばあちゃんは先日亡くなりましたが」
「ああ、そうでしたか。それはご愁傷様です。しかしそうするとこれ、どうしたもんかな…」

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マヨヒガ 【ホラー小説】

マヨヒガ 【ホラー小説】

突然の豪雨に見舞われた私たちは、必死になってダム湖に沿って曲がりくねる山道を軽自動車で駆け抜けていた。
左側にはひたひたと大量に水を湛えたダム湖があり、その湖面は雨で流れ出た泥水でまだら模様の焦茶色に染まっている。右側にはごつごつとした岩肌の崖が迫っており、ときおり雨の勢いで折れたと思われる木の枝や小石が転がり落ちてくる。
車一台がやっと通れるくらいの荒れた道を一心不乱に走り続ける。
出来うる限り

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So many Sweet home

So many Sweet home

あれ、今日はどこのホテルだったっけ?
終業時刻間近になったので、スマホを取り出して予約したホテルを確認する。表示を見てやっと思い出した。今日は人形町のホテルだった。
予約メールに記載されているリンクをたどって駅からホテルまでのルートを軽く確認しておく。そのあともバタバタと山積みの業務をこなしているうちに、気が付けばオフィスの人影はまばらになっていた。
慌ててデスクの下に押し込んであったキャリーケー

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水と空の境界線

あなたは、雨粒をじっと見上げたことがあるだろうか?

雨の日に空を見上げたことくらいはあるかもしれない。
でも、雨の降りしきる中、横になって空を見上げていることはなかなかないんじゃないだろうか。
水泳部のわたしは今、小雨の降りしきる中で屋外のプールに入り、水に体を預けながらぷかぷかと空を見上げて漂っている。

雨の日のプールはちょっと特別だ。
今みたいに雨に打たれながら直接空を見あげてみるのも楽し

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