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だめキャン


「いやー…雨だねえ」
「………」
「なんかもう……雨だねえ」
「………」
「とことん、雨だねえ」
「………」
「ねえなんか言ってよ、気まずいじゃん」
「お前さっきから『雨だ』としか言ってねえじゃねえか。情報がいっこも増えねえのにリアクション返せるかよ」
「そりゃそうだけどさ」

ぱたぱたと雨粒がテントの屋根を叩く。男二人で川縁に張ったテントの中でぼけっと過ごしているところだった。もちろん外は雨。
男の片方、体育座りで外を眺めて雨が降っているというただそれだけの情報しか提示しない方が杉原拓海で、男のもう片方、それを聞き流して寝っ転がったままひたすらスマホをいじっているほうが高木竜二だ。

「『ゆるキャン△』効果でキャンプする女の子も増えていると思ったんだけどなぁ…」

悲しそうに拓海がつぶやく。

知らない人のために簡単に説明すると、『ゆるキャン△』とは女子高生たちがアウトドアを楽しむ姿がコミカルに描かれている漫画作品のこと。TVアニメや実写ドラマにもなっている。拓海が言及しているのはアニメの方だ。

拓海のつぶやきに竜二が苛立たし気に返した。

「だから俺が言ったろ。アニメ見てそれに影響されて行動するのって大半が男の方だって」
「うん。今回で実感したよ」
「大体なんでこんな梅雨時にキャンプ行こうなんて言い出したんだよ。『ゆるキャン△』って冬のキャンプの話だろ」
「いやー、実は僕リアルタイムで見てなくてさ。サブスクでつい最近見てからすっかりはまってどうしても行きたくなっちゃったんだよね」

照れくさそうな拓海に向かってお前昔からそうだもんな、と呆れたように竜二が言う。
しばしの沈黙の後、何かに気が付いたように拓海が竜二に問いかけた。

「ねえ、今さらっと聞き流しそうになったんだけどさ、竜二くん、『ゆるキャン△』が冬の話だってなんで知ってるの?見たことないって言ってなかったっけ?」
「…何かで聞いたんだよ。確か」

がりがりと頭を掻きむしりながらそっぽを向いて竜二が言う。
それを見た拓海は少々意地悪い顔をしながら竜二に突っ込む。

「竜二くんがそういう仕草をするときって、大概なにかを誤魔化そうとしているときだよね。そういえば僕がキャンプしようよ、って言ったとき、なんで竜二くんすでにキャンプ道具一式持ってたのさ?」
「………」
「そもそも僕の話を聞いて、いいじゃん、キャンプ女子狙おうぜって言ったの竜二くんでしょ」
「あーもー、いいだろ別に」

拓海の視線を振り払うようにして竜二が勢いよく立ち上がるが、もともと一人用の安物テントのため、すぐにぼすっと頭がつっかえた。
ざばあ、と音がしてテントの屋根に溜まった雨水が一度に流れ落ちる。竜二は無言で座りなおす。

「…もう寝るか」
「そうだね」

二人で各自のシュラフにもそもそと潜り込む。

「…ねえ、どのキャラが好み?」
「いいから寝ろ」

拓海の問いかけに竜二は有無を言わさずランタン型の懐中電灯の電源を落とした。

ひたひたと迫るように水が染み出してきていることに気が付いたのは竜二の方だった。

「ん?」

足元の感触がおかしいことに目を覚ました竜二が懐中電灯を照らしてそちらを確かめると、いつの間にか川の方からテント内に水が侵入してきている。

「おわっ!?」

慌てて飛び起きてテントの天井に今度はさらに勢いよくぼすっと頭をぶつける。その勢いで狭いテントはぐにょんと伸びようとするが、この状況でもすやすやと安らかに寝ている拓海の体重のせいでそれは叶わず、歪みの負荷はテントの支柱へと襲い掛かった。
べきっ、という音を立ててあっさりと支柱は折れた。テントの生地が二人に覆い被さる。
その状況に至り、さすがに拓海も目を覚ました。「うわっ、何これ!?」ミノムシタイプのシュラフに潜り込んだまま慌てて体を起こす。
「水だよ、水!たぶん雨で川が増水してテントのとこまで来てんだよこれ!」
竜二が叫びながらテントを抜け出そうとするが、ぐちゃぐちゃに乱れたテントはどこが出入り口か判然としない。
必死になって手探りで出入り口を見つけ出し、這う這うの体でテントから抜け出すと、すでにテントの周囲には増水した川の水が迫ってきていた。
二人で協力してテントの中から荷物をどうにか引っ張り出し、這うようにして川の岸辺の小高い部分まで避難する。
なんとか安全と思われるところまでたどり着き、ようやく一息つく。

「あー、俺のテントが流されていく…」

重しとなる荷物と人間がいなくなったことでテントはあっさりと川の流れに飲み込まれて下流へと押し流されていった。拓海が慰めるように言う。

「僕たちが流されなくてよかったじゃない」
「俺が気づかなかったら二人とも流されてたからな?」
「そうだね、助かったよ。ありがとうね」

竜二は、はあ、とため息をついて諦めたようにつぶやく。

「そういうとこだけ素直なんだよなぁ、拓海は」
「えへへ」
「別に褒めてねえからな」

ずぶぬれの泥だらけになった二人はキャンプ場の管理棟で事情を説明してシャワーを借りて着替え、今日の夜はキャンプ場までの移動手段だった拓海の軽自動車で寝ることにしたのだった。


翌日は昨日の雨が嘘のように晴れ渡った天気となっていたが、昨夜のトラブルですっかり疲労困憊の二人は軽自動車の狭い座席で折り重なるように寝こけており、その微笑ましい光景は二人の当初の目的であったキャンプ女子にくすくすと笑われながら覗かれてしまっていたのだが、夕方になって慌てて目覚めて帰宅の途につく二人には知る由もないことであった。

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