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魔窟

いやいやいやいや。無理。これは無理でしょ。
業者に頼んだ方がいいって絶対。

私は天井近くまで埋め尽くすゴミの山を前にして完全に心を折られていた。

友人のゆるふわ系女子の実乃里から「折り入って相談があるの」と言われたときは、「お、男の話か?」などと浮ついた気持ちで「なんでも言ってよ」と安請け合いをし、「部屋の掃除を手伝ってほしい」と言われたときは「やっぱり男がらみか」とさらに一層気合が入ったのだけど、まさかこんな惨状だとは思わなかった。

大学に入ってから新しくできた友人の実乃里はそのフェミニンな見た目からサークル内の男子の視線を独り占めしていた。
私は根っからのスポーツ女子だし、髪型だってけっこうなショートヘアだから、一定の層には需要があるだろうけどたぶんターゲット層はかなり狭いはずだ。
そのくせ男女間の物事には人一倍興味があるから、言っちゃ悪いけど実乃里の友人ポジションを楽しんでいたことは否定しない。

大抵の男子は「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」の故事に従ってまず私から実乃里情報を得ようとする。
私は謎の優越感に浸りながら、実乃里情報を小出しに開陳していくのだ。
見た目に反して実乃里のガードはかなり硬くて、男子の部屋に行くことはあっても男子を部屋に呼ぶことはこれまで絶対になかった。
そりゃそうだ。だってこれ、一人分のスペースすらおぼつかないもの。
いったい普段実乃里はどこに寝ているのよ。

「え、その雑誌の山の上…」

確かに部屋の一角に雑誌が山と積まれている場所があるけども、だいぶ天井との距離が迫ってきている。
普通の2段ベットの上段よりも高い位置だと思うけど。

「こうすれば届くし…」

実乃里は横に積まれていた段ボールの山を踏み台代わりに雑誌の山脈を踏破する。私は気になって聞いてみた。

「布団とかどうしているのよ」
「結構なくても寝られるもんだよ」

妙なところでワイルド系なのね。でもお化粧とか服とかさ、身だしなみってものがあるじゃない。
それはどうしてるのよ、と重ねて聞いてみた。

「それはあそこにまとめてあるから…」

雑誌山脈の最上部から実乃里が指さした方を遥かに眺めると、作り付けのクローゼットの周りの一角だけが聖域のように守られている。
なんなの。ここだけ次元が違うみたいになっている。

「いちおう女子だし、そのあたりはなんとかしてるんだけど…」

私よりよっぽどオンナノコしてる実乃里が言うと皮肉に聞こえるんだけど、それが彼女の偽らざる言葉ということは短い付き合いでも察せられた。
そもそもこの部屋に実乃里の親族以外で踏み込んだのは私が初めてじゃなかろうか。そしてその記念すべき二人目に選ばれたのが、同じサークルの高見くんだった。

うん。まさかね。ターゲットが私とかぶるとはね。しかもすでにお付き合いが始まっていたとはね。
これも他人事のように(実際他人事ではあるのだけど)楽しんでいた罰なんだろうか。
私は何のためにここにいるのだろうか。そこに(ゴミの)山があるからだ。という何の意味もない名言が生まれつつあるなか、山脈を切り崩していくことにする。
とりあえず大量に用意したごみ袋に片っ端からゴミを放り込んでいく。
山脈が切り崩されていくと同時に私の後ろにはごみ袋の山脈が築かれていく。これ意味あるのだろうか。
賽の河原で石を積んでいる気分になってきた。

いやいい。まだいい。唯一の救いはナマモノがないことだ。
もしナマモノがあったらと思うとそれだけでぞっとする。というかたぶん玄関を開けただけで私は逃げ出していただろう。
その旨を実乃里に告げながらせっせと作業を続けていたが、実乃里の反応がない。不思議に思って見てみると、気まずそうな顔で私をちらちらと見つめている。

おいちょっと待て。その表情はいったいどういうことだ。

「いや、あのね。冷蔵庫がね」

冷蔵庫。いやなワードだ。だって冷蔵庫ってあれでしょ。主にナマモノを保管するところでしょ。


…ええい、毒食わば皿まで。私は意を決してゴム手袋をはめ、一人暮らしにはちょっと大きめの冷蔵庫の野菜室の引き出しを開ける。
おりゃあ!




…………………?



なにこれ?

「えっとね。たぶん元は野菜だと思うの」


もと野菜たちは冷蔵庫の中でもはや形を保っておらず、「土」と化していた。うん。原型を保っていないだけマシだと思う。わたしはそう思うことにした。


実乃里、あんたね、今後一生料理しないこと!


なんかもうよく分からない感情に支配されながら、私は実乃里にそう確約させたのだった。


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