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小説

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短編/中編小説をまとめました。。長くないのでサッと読めます。
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#友情

辺りを見渡す雪蛍 1

辺りを見渡す雪蛍 1

 灰色に濁った曇天の空を、いまさら感傷的な面持ちで見上げるほど、僕は人間臭くはない。視界の端には忌々しき木造校舎、昨日積もった雪だろうか ──いや、昨日は久しくみた晴天であり、用務員の天狗爺がわざわざグラウンドに出て、日々の雪かきから賜る霜焼けた両手を、太陽に見せびらかせていたのだった……。
 とにかく、いつ頃降り出し、またいつ頃降り止んだかさえ分からぬ平らな雪の塊が、軋んだ木造校舎の屋根、そのな

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鉄塔がある街 (後編)

鉄塔がある街 (後編)

『関一雄 様

 あたしは今日、部活に出ません。
数年前に父を亡くし、母の手一本でここまで大きくなったあたしは、この街を出る事すら叶いません。そして、愛すべき貴方は、遥か遠くの東京等という都市に行こうとしてらっしゃる。その目を輝かせて、こちらに訴え掛けるさま。あまりに酷く、残酷な仕打ちだと思い......。
 もしどうしても旅立たれるというのなら、あたしにも考えがあります。あたしにも、意思というモ

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鉄塔がある街 (中編)

鉄塔がある街 (中編)

「一雄、ちょっと聞きたい事があるんやがな、その熱心に動かす右手を止めてくれんか」
 晩飯が終わり、居間にて漫画のページを捲る私の元へ、寝巻き姿の父が静かに寄って来た。多少大きくもある服から出た、細く長い四肢。年老いてもなお皺一つない手足は、確かに皆が言うところの『色白』であった。

「お前、高校出たらどうするつもりや。他の所みたいに畑も持っとらん、漁船を操る才能も、ウチの家系には誰も与えられとらん

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鉄塔がある街 (前編)

鉄塔がある街 (前編)

 決してこの街のシンボルとは成り得ぬ鉄塔。ベランダから眺める青々とした緑の巨魁に一つ佇む鉄塔は、それでも悠然とした姿で、私たちの生活や日々揺れ動く感情というものを捉え、今は夏の空に浮かぶ積乱雲に圧倒されながらもただ寂しく、ただ静かに、立っているばかり。

 昔からこの港街に住む漁師たちは、この鉄塔に『北方』という名をつけ、波が激しくうねる冬場漁に於ける街の目印として、皆大声でその愛称を叫んだ後、小

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ある医師への手紙

ある医師への手紙

 特に君の姿を想像した時、こんな未曾有の事態の中においても一際の輝きを放ち、世の為、土地の為、未だ尽きそうもない患者達の為に、そのあまり強そうにも見えない身体を投げうっているを、ひしひしと感じるのは我が弱さか。

 小学校、同じ校舎にて学びを共にした仲ではあったものの、果たして我々が当時身に付けた作法、感じ取った空気というのは、今もなお、身体を駆け巡る血として存在しているものなのだろうか。そんな疑

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14歳

14歳

過去の焦り、葛藤。誰かを想えば、伸ばした手よりすり抜けた感触。嫉妬、卑屈。そして、振り返って見えるそんな光景は、お前の心に深い爪痕を残して去った。

 若者よ、若者よ。何を考え、何に嫌気が差すのだ。何を拾い上げ、何を捨てるというのだ。お前が大事そうに抱いた優美な魂、その胸の内に秘めたる我儘な自尊心、一点の曇りなき眼差しは、未来の自分をこんなところにまで連れて来てしまったのだぞ。
 そうだ、若

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さらば、名も無き群青たち(4)

 空になったジョッキを、十秒以上放置させてはいけない。つまり、酒を飲み終えたのであれば即座に次を注文する。これこそ、我がアウトドアサークルにおける唯一のルールであった。どこの誰が決めた物かは分からないが、そんな下らない掟が酔っ払いたちにとっての強い後ろ盾となるのは、言うまでもない。

 普段よりあまり酒を嗜まない僕は、敢えて数センチの量を残しておく事により、彼等『冬場の騒音達』からの迫害を逃れる他

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さらば、名も無き群青たち(3)

さらば、名も無き群青たち(3)

 まばらな人混みを縫う様にして歩けば、自分は良くも悪くも、世の流れに上手く乗っているのだという風に思う。或いは、ただ目に見える何かしらに乗せられているだけなのだろうか。
 近鉄奈良から商店街を抜け、三条通りを西に行けば、週に一度通っていた蕎麦屋がある。
駅の周辺は、奈良公園の秋めく草木や東大寺、興福寺、国立博物館への観光客がいる他、キャリーバッグを引く欧米人の団体が三条通りを更に南下すれば、荒池の

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さらば、名も無き群青たち(2)

さらば、名も無き群青たち(2)

 周囲が急に慌ただしくなり、下宿先の窓から迷い込んで来た蚊でさえも、自らの先々に待ち受ける事柄についてを悩んでいる様に見えた。
行く先も、帰る先も分からぬままに止まっては首を傾げ、飛んでは首を傾げ。それは世間が秋を迎える準備が整った事を、見て見ぬ振りした軟弱な精神に由来する行動だった。
つまり、我々は同類である。

 八月のカレンダーを捲る僕の寂しい背中を余所に、珍しく地に足を付け、夏を謳歌してい

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さらば、名も無き群青たち(1)

さらば、名も無き群青たち(1)

「ほら、ここからなら誰にも邪魔されず、空を見上げる事が出来るの」
そう言って、いつものように無邪気な笑みを浮かべた君の姿は、初夏の雲一つない青々とした空、そんな中にあってもグラデーションを忘れぬ、この空気に散った様々な色の前で、今なお薄れる事なき幻想として記憶されている。

 十年前、奈良盆地に留まる熱された空気に、いいかげん嫌気が差してきた頃。貧乏暇なし、という言葉とは無縁の大学生であった僕であ

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うみがめ荘にて

うみがめ荘にて

 我々が特に優れたアイデアもなく、また何につけても機転を利かせる事が出来るような、そんな器用な頭を持ち合わせていない事は、互いに口に出さずとも理解していた。
街角の隅に至るまで足を棒にして歩けば、街灯に照らされた正面の疲れ果てた表情を見て、どちらともなく吹き出してしまう。そんな頃の私達の事務所に立て掛けられたホワイトボード、一つの線が緩やかに右上の角を狙っていた。
街が寝静まった頃、今となっては何

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京阪の君

京阪の君

 やはり今日に至っても葛西君の気は晴れないらしい。ビールを飲むのかワインにするか、以前のように女でも誘ってみるか、こちらからの提案に対して様々な表情をするものの、それらにはすべて否定的な趣があった。
折角の暑気払いで連れ出したというのに、その釈然としない態度には呆れるばかりである。梅田駅は今日も人混みで溢れていたし、適当にでもどこかの店へ入らなければ、シャツの染みはより一層酷くなるだろう。だがそん

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