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小説

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短編/中編小説をまとめました。。長くないのでサッと読めます。
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#十代

辺りを見渡す雪蛍 1

辺りを見渡す雪蛍 1

 灰色に濁った曇天の空を、いまさら感傷的な面持ちで見上げるほど、僕は人間臭くはない。視界の端には忌々しき木造校舎、昨日積もった雪だろうか ──いや、昨日は久しくみた晴天であり、用務員の天狗爺がわざわざグラウンドに出て、日々の雪かきから賜る霜焼けた両手を、太陽に見せびらかせていたのだった……。
 とにかく、いつ頃降り出し、またいつ頃降り止んだかさえ分からぬ平らな雪の塊が、軋んだ木造校舎の屋根、そのな

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過ぎ去った十代に

過ぎ去った十代に

 我々の消費してきた時間について考えることは、恐らく何の意味も、教訓も、そして意義もないのだろうと思う。

例えば貴方たちが成し遂げてきた偉業の数々を振り返ったとき、そこに存在するのは時間ではない。行為である。努力である。独りで抱えた悔しさである。時計の針はただ意識外にて行儀良く廻る、焦りと忘却の根源である......。
ただ、人はその残酷な流れに囚われてしまう時が往々にしてある。旧華族の男、取り

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螺旋階段の夜

螺旋階段の夜

 このような真夜中に考えつく文章は、如何に浅はかで展開を広げる余地もなく、ただ外の夜に浮かぶ月だか街灯だかに吸い込まれて行く運命にある。散り散りとなった思考を纏めたいのであれば、今にも閉じそうな瞼に力を入れる必要など無いものを、私はまた意固地になって何を表現しようと言うのだ。
──あの螺旋階段は、今もなお建っているか。貧弱な睡眠欲を奪い去ったのは、こんな考えから来る好奇心だった。あの螺旋階段、等と

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そして、風となる

 八月を過ぎた頃からどうも彼女の歩みは回復傾向にあるように思えた。普段であれば校門を抜けたあたり、スロープの手摺りにまるで齧りつくような執念を以て一歩一歩着実に足を踏み出す彼女だったが、この秋の肌寒い空気においては、その頼りない右脚も引き締まるらしい。歪なリズムを生みながら真っ直ぐ校舎へ進んでいく姿を見て、どこか残念に感じてしまう自らの心は、不謹慎と言われても仕方がなかった。「僕の肩なしでも、教室

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大背徳時代

大背徳時代

 兄の義之とは、長らく疎遠であった。彼が兼ねてより心の拠り所としていた相馬先生の娘、雪子との交際を終えた後、私がその可憐な少女をもてあそぶが如くの扱いをしたことも、原因の一つだと思う。
 決して名前負けをしていないあの色白の肌、声を噛み殺していながら、時折耳に触れる生暖かい吐息、振動に合わせて感じる背中に立てられた爪の痛み......男の独占欲とはいつの世も争いの源となり得るが、それを以てでしか彼

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鉄塔がある街 (後編)

鉄塔がある街 (後編)

『関一雄 様

 あたしは今日、部活に出ません。
数年前に父を亡くし、母の手一本でここまで大きくなったあたしは、この街を出る事すら叶いません。そして、愛すべき貴方は、遥か遠くの東京等という都市に行こうとしてらっしゃる。その目を輝かせて、こちらに訴え掛けるさま。あまりに酷く、残酷な仕打ちだと思い......。
 もしどうしても旅立たれるというのなら、あたしにも考えがあります。あたしにも、意思というモ

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鉄塔がある街 (中編)

鉄塔がある街 (中編)

「一雄、ちょっと聞きたい事があるんやがな、その熱心に動かす右手を止めてくれんか」
 晩飯が終わり、居間にて漫画のページを捲る私の元へ、寝巻き姿の父が静かに寄って来た。多少大きくもある服から出た、細く長い四肢。年老いてもなお皺一つない手足は、確かに皆が言うところの『色白』であった。

「お前、高校出たらどうするつもりや。他の所みたいに畑も持っとらん、漁船を操る才能も、ウチの家系には誰も与えられとらん

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鉄塔がある街 (前編)

鉄塔がある街 (前編)

 決してこの街のシンボルとは成り得ぬ鉄塔。ベランダから眺める青々とした緑の巨魁に一つ佇む鉄塔は、それでも悠然とした姿で、私たちの生活や日々揺れ動く感情というものを捉え、今は夏の空に浮かぶ積乱雲に圧倒されながらもただ寂しく、ただ静かに、立っているばかり。

 昔からこの港街に住む漁師たちは、この鉄塔に『北方』という名をつけ、波が激しくうねる冬場漁に於ける街の目印として、皆大声でその愛称を叫んだ後、小

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ある医師への手紙

ある医師への手紙

 特に君の姿を想像した時、こんな未曾有の事態の中においても一際の輝きを放ち、世の為、土地の為、未だ尽きそうもない患者達の為に、そのあまり強そうにも見えない身体を投げうっているを、ひしひしと感じるのは我が弱さか。

 小学校、同じ校舎にて学びを共にした仲ではあったものの、果たして我々が当時身に付けた作法、感じ取った空気というのは、今もなお、身体を駆け巡る血として存在しているものなのだろうか。そんな疑

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坂道はなお

坂道はなお

 シャキっとしてよ。情けないなぁ、もう。
当時、まだ十歳にも届かない僕の背中を、世話を焼くようにして何度も叩いていた彼女。今でもなお、僕はどこか頼りなく見えるらしい。

 年齢など大して役に立たない子供特有の世界において、僕が君の二つ下だったという事実に気がついたのは、見慣れたシャツとスカートを捨てて、中学校の制服に身を纏い歩く、そんな君の姿を見かけてからだった。
小学校の前、うねった坂道で友人と

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