藍草ジコン

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記事一覧

『インフェルノ』旅は良いものだ。たとえ「青年時代の特権」はとっくの昔に失効していたとしても。

社会人になる直前の最後のモラトリアムとなる春、生まれて初めて飛行機に乗った。一人だった。 行先はバンコク。そこから北上しながら、約三週間のタイ王国彷徨。 貧弱す…

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『風の歌を聴け』「村上春樹小説の定義」と「普遍性の追求」

すっかり忘れていたが、私にも確かにそんな時代があった。 しかしそれは長続きせず、「言わざる(猿)」の境地には至らなかったし、今は至るつもりもない。 また、村上春樹…

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『13階段』著者の雄弁に「金」を

『13階段』(高野 和明、文春文庫)を読んだ。 しかし、ミステリー小説につき、ここで詳細内容に触れることができない。 したがって、内容にほとんど触れずに物語の筋全般…

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『発見』はバトンのように繋がれて

「知らない作家を知りたい」。「ちょっと軽いものを読みたい」。 そんな二つの目的を持って手に取ったのがエッセイ・アンソロジー『発見』(よしもとばなな他、幻冬舎文庫…

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『蒸発―ある愛の終わり』お前だよ。「オマエ」って書いとけっ。

福岡。 常々、いつか住んでみたいと思う街。毎秋、東京から訪れていた時期もあった。 そんな福岡を舞台にした作品を所望し、『蒸発―ある愛の終わり』(夏樹静子、光文社文…

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『エデン』やはりミステリーに支えらえて

スポーツ・フィクション執筆は難易度高 スポーツ・ノンフィクションは私の最も好きな本のジャンルの一つである。  翻ってスポーツ・フィクションとなるとどうか?  そも…

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『55歳からのハローライフ』「漠とした不安」の救済と「明るい未来」の提示

55歳をやや遠くに見つめて私が55歳に至るにはそれなりに年月を要するのだが、数多の人生の諸先輩が通り過ぎて行った55歳とはどういうものか。 その時に見える景色や…

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『殉死』は乃木への叱責か救済か

「無能とは何か?、愚者とは何か?」について語られる題材として乃木希典が取り上げられることがある。 そして、それを促しているものは司馬遼太郎の関連作品群であろう。…

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『苦役列車』人生は旅やマラソンにあらず

人生に例えられるものは数多い。 旅、登山、マラソン...。 これらに共通するのは「明確なゴールに向かって、自らの意思で確実に一歩一歩進んでいくものである」という点…

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『日の名残り』完璧な邦題

自分の親と同世代、あるいはさらに年長の方が、「人生」および「人生から得た教訓」を真摯に、謙虚に、誠実に語ったならば、誰しも素直に傾聴できる。 自らの思いつきの上…

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『信長死すべし』被害者って何だ?

本能寺の変。 「敵は本能寺にあり」と、明智が信長に謀反し、信長は京の本能寺で舞を踊りながら焼け死んでしまいました。けれど、明智はすぐに中国地方から引き返してきた…

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『草枕』超難解エッセイ

なんやかんやと日々悶々としている東京の画工(画家)がいる。画工はそんな日々から脱出するきっかけを得ようと片田舎の温泉街を訪れる。その滞在記が本作『草枕』(夏目漱…

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『首』から漫才

究極の映画とは、10枚の写真だけで構成される映画である。 これは映画監督・北野武氏の言である。 省けるところは極力省き、エッセンスのみを見せるのが粋、ということか…

7

『インフェルノ』旅は良いものだ。たとえ「青年時代の特権」はとっくの昔に失効していたとしても。

社会人になる直前の最後のモラトリアムとなる春、生まれて初めて飛行機に乗った。一人だった。
行先はバンコク。そこから北上しながら、約三週間のタイ王国彷徨。

貧弱すぎる英語力にも関わらず、滞在中に語学力不足で困った記憶はほとんどない。身振り手振り、土地名の連呼、それに魔法のタイ語「マイペンライ」があればどうにかなった。
荷物はさして大きくもないリュックサック一つだけ。

二十二歳の放浪青年に対し

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『風の歌を聴け』「村上春樹小説の定義」と「普遍性の追求」

すっかり忘れていたが、私にも確かにそんな時代があった。
しかしそれは長続きせず、「言わざる(猿)」の境地には至らなかったし、今は至るつもりもない。
また、村上春樹作品群に特徴的な、無味無臭な無機質的ライフに憧れもした。が、私がそのようなライフを過ごすことはまるでなかったし、この先もないのだろう。

「村上春樹小説」=「自分を含む、特別ではないみんなの啓発のためのもの」さて、デビュー作やデビューアル

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『13階段』著者の雄弁に「金」を

『13階段』(高野 和明、文春文庫)を読んだ。
しかし、ミステリー小説につき、ここで詳細内容に触れることができない。
したがって、内容にほとんど触れずに物語の筋全般(ストーリー、プロット、トリック)に関し、分解評価してみる。

まず、仮釈放中の青年服役囚と定年間近の刑務官が共同して謎解きに挑む、というストーリーはユニークである。
プロット(著者による読者への仕掛け)は良い部分と悪い部分がハッキリし

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『発見』はバトンのように繋がれて

「知らない作家を知りたい」。「ちょっと軽いものを読みたい」。
そんな二つの目的を持って手に取ったのがエッセイ・アンソロジー『発見』(よしもとばなな他、幻冬舎文庫)である。

「発見」こそがエッセイのきっかけ全エッセイの共通テーマはタイトル通り「発見」。
「発見」にまつわる29人30作(よしもとばなな氏のみ2作収録)のエッセイが収録されている。

が、思えば奇妙な企画ではないか。

「発見」というテ

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『蒸発―ある愛の終わり』お前だよ。「オマエ」って書いとけっ。

福岡。
常々、いつか住んでみたいと思う街。毎秋、東京から訪れていた時期もあった。
そんな福岡を舞台にした作品を所望し、『蒸発―ある愛の終わり』(夏樹静子、光文社文庫) を読んだ。
※「福岡市赤煉瓦文化館」(東京駅、日本銀行本店等の設計で有名な辰野金吾らの設計により、日本生命保険九州支店として1909年竣工)内の「福岡市文学館」立ち寄った際、福岡を舞台にした作品の一つとして紹介されていた。

ローカ

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『エデン』やはりミステリーに支えらえて

スポーツ・フィクション執筆は難易度高 スポーツ・ノンフィクションは私の最も好きな本のジャンルの一つである。
 翻ってスポーツ・フィクションとなるとどうか?
 そもそもスポーツそのものが十全なエンターテイメントである。そして虚構(フィクション)に頼らずとも、その背景(通常なら、選手の試合前・中・後の心理描写)を描いたスポーツ・ノンフィクションには十二分、否、至極心踊らされる。
 したがって、これらに

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『55歳からのハローライフ』「漠とした不安」の救済と「明るい未来」の提示

55歳をやや遠くに見つめて私が55歳に至るにはそれなりに年月を要するのだが、数多の人生の諸先輩が通り過ぎて行った55歳とはどういうものか。
その時に見える景色や抱く思い、そして未来の捉え方は、私の今のそれらと異なることは間違いない。

これはASKA氏の傑作ソロアルバム『SCRAMBLE』(2012年10月17日発売)の収録曲『L & R』のサビの歌詞である(Chage & Askaファンにとって

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『殉死』は乃木への叱責か救済か

「無能とは何か?、愚者とは何か?」について語られる題材として乃木希典が取り上げられることがある。

そして、それを促しているものは司馬遼太郎の関連作品群であろう。
約二十年前、尊敬する職場の大先輩が何かの折に、乃木について私に語った。

「己の美学を何よりも優先させる一人の愚者が、どれほどまでに多くの人を犠牲にしてしまうのか」について考えさせられた、と。

旅順攻略のほんの概要のみを知る無学な私に

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『苦役列車』人生は旅やマラソンにあらず

人生に例えられるものは数多い。
旅、登山、マラソン...。
これらに共通するのは「明確なゴールに向かって、自らの意思で確実に一歩一歩進んでいくものである」という点だ。

が、第144回芥川賞受賞作『苦役列車』(西村賢太、新潮文庫)を読み、ハタと気づかされた。
人生とはそれほどまでに自らの意思および意志に基づいて歩んでいけるものなのか?
そもそも、何の位多くの人が各々の人生に明確なゴールを設定してい

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『日の名残り』完璧な邦題

自分の親と同世代、あるいはさらに年長の方が、「人生」および「人生から得た教訓」を真摯に、謙虚に、誠実に語ったならば、誰しも素直に傾聴できる。

自らの思いつきの上記仮説について、『日の名残り』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫)既読の私は、「真である」と言い切れる。

本作は英国の老執事がひょんなことから屋敷の米国人主人から数日間の暇をもらい、主人の高級車を借り、英国内を旅すると

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『信長死すべし』被害者って何だ?

本能寺の変。

「敵は本能寺にあり」と、明智が信長に謀反し、信長は京の本能寺で舞を踊りながら焼け死んでしまいました。けれど、明智はすぐに中国地方から引き返してきた秀吉に負けてしまいました。三日天下でした。

これが小・中学校で習う大まかなストーリーである。

実行犯/加害者と被害者が明確なこの変。
しかしなお、本能寺の変が今でも我々の興味を引き付けるのは、やはりその動機である。そして、動機の捉え方

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『草枕』超難解エッセイ

なんやかんやと日々悶々としている東京の画工(画家)がいる。画工はそんな日々から脱出するきっかけを得ようと片田舎の温泉街を訪れる。その滞在記が本作『草枕』(夏目漱石、岩波文庫)である。

職業こそ違えど、画工は完全に漱石自身がモデルである。
本作のほとんどは画工の芸術論や人生論の「脳内一人語り」に費やされ、登場人物間の会話は一割程度である。
そして、この一割でストーリーが構成される。
本作全体におけ

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『首』から漫才

究極の映画とは、10枚の写真だけで構成される映画である。

これは映画監督・北野武氏の言である。
省けるところは極力省き、エッセンスのみを見せるのが粋、ということか。
この志向は多くの北野映画に認められるし、北野映画のスタイルの一つとして確立されている。

奇しくも『首』(北野武、カドカワ)の構成は「プロローグ+10章+エピローグ」となっており、本作において、正にそれを試みたと考える。
内容は「本

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