『蒸発―ある愛の終わり』お前だよ。「オマエ」って書いとけっ。

福岡。
常々、いつか住んでみたいと思う街。毎秋、東京から訪れていた時期もあった。
そんな福岡を舞台にした作品を所望し、『蒸発―ある愛の終わり』(夏樹静子、光文社文庫) を読んだ。
※「福岡市赤煉瓦文化館」(東京駅、日本銀行本店等の設計で有名な辰野金吾らの設計により、日本生命保険九州支店として1909年竣工)内の「福岡市文学館」立ち寄った際、福岡を舞台にした作品の一つとして紹介されていた。

ローカル公共交通機関利用が大好きな私にとって、登場する小エリアの地名(天神、中州はもちろん、西新、藤崎、姪浜、平尾など)が「旅×読書」の相乗的至福を与えてくれる有難い作品である。

加えて、時代設定は昭和46年。
描かれる光景(機内喫煙、寝台車、「国鉄」、固定電話等)は、昭和40年代生まれの私にとって、全て懐かしく感じるものである。

恥ずかしながら、夏樹静子氏のことは全く知らず(書店や図書館で著者名を見るのみ)、その副題名(ある愛の終わり)から推理小説であるとは思わずに読み始めた。

そして、冒頭から引き込まれた。

プロローグとして、羽田発札幌行きの航行中機内でひとりの女性客が消失。
「殺された」ということではなく、文字通り、「消える」。
そして、その謎を残しながら、殺人事件発生。
登場人物数を極力少なくし、蛇足的プロットを排した良質な「引き算」的推理小説となっている。
また、そのスタイルは女性作家が得意とする「表現の繊細さ」(清々しい形容詞やひらがなの駆使など)はあまり感じられず、著者名を知らずに読むと男性作家と思い込むやもしれない。

ところがである。
終盤に明らかになる「一連の事件の発端」は、女性にしか書きえない描写となっている。
推理小説につき、ここで詳細は書けないのだが、M-1グランプリ2007年決勝ファーストラウンドのネタ(街頭アンケート)中のサンドウイッチマン伊達氏ならずとも、本作の狂言回しの役を担う新聞記者・冬木悟郎に対し、

お前だよ。「オマエ」って書いとけっ。

というツッコミを禁じ得ないのだ。

男性作家ならば、読者からのこの想定ツッコミに対し、うまく説明処理するはずだが、彼女はまるで取り合わない。それは意図をもって取り合わないのか、そもそも、その様な疑問を持たないのか。

この「私の疑問」を解くために、もう少し彼女の作品を読もうと思う。
彼女の代表作の一つに数えられる本作が良作であることに疑いの余地はなく、小説家の、いや人間の性差を語る上でも興味深い作品である。

この点を念頭に読者が本作に触れたなら、夏樹静子氏その人に迫ることができるのはもちろん、より意義深い作品になるはずである。

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