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小説

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自作の小説です。 最近はほぼ毎日、500〜2000字くらいの掌編を書いています。
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2023年6月の記事一覧

閉ざされた王国(子供な神様の話)

閉ざされた王国(子供な神様の話)

 創造神は小さな子供。

 何も知らない無邪気な子。

 遊び相手を生み出して、おもちゃの王国を作る。

 気まぐれな言葉を法律に、気に食わない民は投げ捨てる。

 神様をお慰めするための王国で、人々は神様のご機嫌を占い、祈る。

 どうか神様がほんの少しだけ大人になられますように。

 甘えたい盛りの神様は、優しい親を創造する。

 撫でてもらって、

 抱きしめてもらって、

 わがままを聞い

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僕の点数(見えない目に見張られている話)

僕の点数(見えない目に見張られている話)

 頭の後ろに目玉がある。

 後頭部から僕の全身を見下ろすように、目が浮いている。

 僕の目からは死角になっているし、鏡にはどの角度でも映らない。

 それでも目の存在を僕は確かに感じている。目蓋のない眼球が、一瞬も休むことなく僕の一挙手一投足を見ていることを。僕の身体ぎりぎりに規定された領域からはみ出たエラーを漏れなく検知するために。

 予定時刻に起きなかった。減点。

 勉強せずに動画を見

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彼の新しい犬

彼の新しい犬

 ケーキボックスみたいな紙の箱の中からキャンキャンと甲高い声が聞こえる。

 片頬を上げて「買ってきちゃった」と言う彼。全身の筋肉が弛緩して重たい泥のように溶けていく。開きかけた口は貝のように閉ざす。抵抗してももう無駄だ。

 箱から取り出したふわふわの子犬を彼は僕の膝に乗せる。君によく似た濃い琥珀色の目と、君に似ていない垂れた耳。覚えのある体温。

 君の定位置だったあの窓辺で、君が寝ていた空色

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バスタブの下の地獄(虫を殺す話)

バスタブの下の地獄(虫を殺す話)

 バスタブに満ちるピンク色の海、ゴム栓の裏の奈落。

 生温い汚水から這い上がっても、柔らかいようでいて歯を立てるには硬過ぎるゴムの天井が立ちはだかる。

 筒に封じ込められた高濃度の闇。もがき疲れて溺れるか、少ない酸素が尽きて窒息するか。

 そこに彼あるいは彼女を突き落としたのは僕だ。

 空飛ぶ小豆のような塊が目に入り、何も考えず手に持っていたシャワーを向けた。

 放出される無数の水滴はそ

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あなたは死ぬまで知らなくていい

あなたは死ぬまで知らなくていい

 あなたを好きになりたかった。

 あなたを好きな私でいたかった。

 あなたを愛する見返りに、あなたに愛してほしかった。

 真冬の川に飛び込めともし言われたら、私は飛び込む覚悟があった。

 あなたを喜ばせるためならば、辱めにも耐えられた。

 あなたに命じられたなら、

 それが望ましいことなのだと、当たり前だと言われたなら、

 行間の期待を読み取りさえしたら。

 足を引っ張るわがままを

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家の剥製(住む人のいなくなった家の話)

家の剥製(住む人のいなくなった家の話)

 住む人を亡くした家に介錯人が自転車で来て、内臓をトラックに運び出し、緑の衣服を切り倒し、家を剥製にしてしまった。

 介錯人たちが去った後、便りを受ける鼻を塞がれ、裸に剥かれている他は、以前と変わらないようにも見えたけれど、その実やっぱり空っぽなのだ。

 血も肉もなくしてしまった、骨と皮だけの張りぼての家。何も巡らない、風化を待つだけの物体。

 生皮はまだ湿っている。

 灰色に腐ったサボテ

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【小説】白線(線を引くという魔法の話)

【小説】白線(線を引くという魔法の話)

 平らな大地に白線が引かれて、世界が二つに分かたれる。

 善きものはこちらへ、悪しきものはあちらへ。

 弱きものはこちらへ、強きものはあちらへ。

 白線一本で描かれた秩序。単純で強力な魔法。

「線を越えるなよ」

 白い線の向こう側で、逆さまにぶら下がった藍色の亡霊が言う。

「生きた者は壊されるぞ」

 人ならざるものの領分に越境した者は、向こうの奴らの獲物にされる。

 こちらにいれば

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【小説】嘘と忘却(無益な嘘と死んだ猫の話)

【小説】嘘と忘却(無益な嘘と死んだ猫の話)

「あいつがきなこを殺したんだよ」

 学校のプリント類を届けに家まで来てくれた佐伯さんが吐き捨てるように言った。

「まゆはそんな子じゃないよ」

 反論する私を佐伯さんは睨む。

「東さん、騙されてるんだよ。あいつが自分で言ったんだから。鼻と口を塞いで窒息させたって。キュートアグレッション?とか何とかって、急に壊したくなったとか言って、完全に異常者じゃん。東さんもあいつには関わらないほうがいいよ

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【小説】握りじわ(服にしわを付けたい話)

【小説】握りじわ(服にしわを付けたい話)

 服にしわを付けるのが好きだ。他人が着ている、糊のきいた服に。

 待ち合わせ場所に来た彼の腕に飛びついて、シャツの袖を握って歩き出す。手はつながない。調子に乗って肌に触れるのは、怖い。

 ふと手を離した時、無地のシャツにくっきりとわたしの痕跡が残っているのを確認して、「ごめん、またしわになっちゃった」なんて言って彼を試す。構わないと大らかに笑う彼にわたしは安堵する。

 許されている。受け入れ

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【小説】赤いドーナツ(生きる意味を探していた話)

【小説】赤いドーナツ(生きる意味を探していた話)

 意味がないことなんてしたくない。

 島のみんなみたいに暇さえあれば歌い踊ることも、魚を食べて息をして命をつなぐことさえも。

「何のために生きてるの?」

 島中の大人に訊いて回ったけれど、まともな答えは返ってこなかった。麓のおばさんは「そりゃ、毎日楽しく踊るためよ」と言い、海辺のおじいさんには「そんなことで悩んでいると若い時間を無駄にするぞ」と諭された。その話を聞かされた時間のほうが無駄だと

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