【小説】白線(線を引くという魔法の話)
平らな大地に白線が引かれて、世界が二つに分かたれる。
善きものはこちらへ、悪しきものはあちらへ。
弱きものはこちらへ、強きものはあちらへ。
白線一本で描かれた秩序。単純で強力な魔法。
「線を越えるなよ」
白い線の向こう側で、逆さまにぶら下がった藍色の亡霊が言う。
「生きた者は壊されるぞ」
人ならざるものの領分に越境した者は、向こうの奴らの獲物にされる。
こちらにいれば安全だ。
向こう側からしゃなりしゃなりと歩いてきた黒猫が、立てた尾を僕の右脚に滑らせて、また向こう側へと渡って行った。闇色の身体に映る満月の光が、淡く蛇行する軌跡を残した。
「でも君はそっち側にいた。本当は脆いのに」
僕は白線に近付く。スニーカーの爪先から線の縁まで一センチ。
「お前は来なくていい。八つ裂きにされたいのか?」
亡霊の目の縁に引かれた線が、目と目ではない部分の境目を示している。物体としての目よりも少し大きく、目というものを定義している。
僕は白線の上に立つ。線の厚みだけわずかに高くて、地面よりほんの少しつるつるしている。それだけ。空気に境界線は引けない。
「君はそんなことしないでしょ」
僕は向こう側の空中に手を伸ばして、花びらのように冷たい亡霊の頬を包んだ。
線の魔法のほころびに、新たな魔法が紡がれる。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?