【小説】握りじわ(服にしわを付けたい話)
服にしわを付けるのが好きだ。他人が着ている、糊のきいた服に。
待ち合わせ場所に来た彼の腕に飛びついて、シャツの袖を握って歩き出す。手はつながない。調子に乗って肌に触れるのは、怖い。
ふと手を離した時、無地のシャツにくっきりとわたしの痕跡が残っているのを確認して、「ごめん、またしわになっちゃった」なんて言って彼を試す。構わないと大らかに笑う彼にわたしは安堵する。
許されている。受け入れられている。可愛いと思ってもらえている。わたしは愛されている。
暇な日曜はママとランチデートに行く。小洒落たカフェのテラス席に向かい合って、白い丸テーブルの上で無駄に大きな皿をつつく。
パスタを頼んだママにパルメザンチーズを渡そうとして、わたしの手にママの指が触れた。思っていたよりも温かい、ふにゃりとした指だった。
ママはさりげなくおしぼりで指を拭いて、「あなたみたいな自慢の娘がいてママ幸せだわ」と埋め合わせのように言う。「わたしは優しいママがいて幸せ」とわたしは返す。口にすれば本当になると信じているかのように。
カフェから出たママのアイロンのかかった綿のロングスカートをわたしはついつい見てしまう。
「ママ、お尻に座りじわが付いてる。みっともないよ」
指摘されてママは「あらやだ」とスカートを引っ張ってみる。もちろんその程度でしわは伸びなくて、交錯する折り目が椅子の存在を留めている。
もう帰ると言ってわたしはママに背を向けた。
ママの服にしわがあるなんて許せない。わたしが付けられなかったしわを、別の何かが付けるなんて。
わたしを抱きしめられないならせめて、しわ一つないママでいて。
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