駄菓子の記憶

うちがお菓子の専門問屋というのもあって、初めての方との交流や打合せの時って毎回、お菓子の記憶について話題になります。
みなさん、いろいろ思い出すように話されます。

え~と、あのお菓子なんだっけ~、そうそう、モロッコヨーグル!
みたいな。

僕は40代なので、小さいころはまだ近所にも駄菓子屋さんが何箇所かあって、あたりくじやきなこ棒、くしにささった珍味などよく買ってたな~と思います。
友達たちと店

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日曜日の匂いと、音。

空は茜色。

ただいまぁー!

と、大きな声で言うと、

「おかえりー。」とママが言ってくれた。

リビングに入ると、

エアコンの冷たい空気が、気持ちいい。

そして、洗濯物をたたむ、ママの姿。

「おかえりー!   

   アイスあるけど、、、食べる人!」

  はーーい!!!

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ソーダ味の棒アイスを食べたら、

だんだん眠たくなってきた。

リビン

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なぜ駄菓子屋の経営者はおばあちゃんが多いのか?

みなさん、子どもの頃に
一度は必ず駄菓子屋さんに行ったことがありますよね?
駄菓子屋と言えば
優しいおばあちゃんやおじいちゃん
というイメージがあります。

駄菓子大好き人間の僕は、ふと、
なぜ駄菓子屋はおばあちゃんやおじいちゃんが
経営しているのか?
疑問に思いました。
経営者と言えば、
すごく賢くて行動力のある
40~50代のエリートのイメージがあります。
しかし、駄菓子屋でそんなバリバリの経

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スキありがとう!!!
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ありがとうございます😊

発信をしたい病につきそのババア注意

「クラウドファンディングをやりたいんです」

そう言って駄菓子屋に二人の若者がやってきた。一人は、農家さん。もう一人は、その方の応援者だった。

駄菓子屋にクラウドファンディングの相談というのも不自然な話なので、今回は、私について少しご説明をさせて頂きたい。

私は駄菓子屋を営む子育ても終盤戦の母親ですが、業務でインターネットラジオでの発信を3年ほど務めました。

退職後も何かしら「発信」をしたい

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私もスキ💓
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差し支えなければ見張っててください

はぐれた記憶

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平成10年3月26日(木)午前3:00頃
天気はくもりだったようだ。

ちょりいは人間のカタチをして、この世に
嬉々として誕生した。いやわからない。
うまれた時の涙が嬉しみの涙か、
はたして絶望の涙だったか。
どちらにせよ、泣きながらうまれた。

ちょりいはすぐに泣く。感情のメーターを振る
針がきっと敏感なのだと思う。
けれど22歳の現在は、前より泣くとい

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生き残る「昭和」を探して。

幼い頃から駄菓子屋や銭湯が大好きで、大人になった今改めてその魅力を感じ、現代に生き残る昭和の原風景を探している。

ここでは私が出逢い、そして素晴らしいと感じた昭和ならではの文化について綴っていきたい。

私がこうして昭和の良さを発信したいと思ったきっかけは、「懐かし自販機」と呼ばれる食品自販機の魅力に取り憑かれたことから始まった。

前記に挙げた通り、私は幼い頃から駄菓子屋や銭湯・昔ながらの商店

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ありがとうございます^ ^ 嬉しいです!
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駄菓子屋のおばちゃんという生き方

日本中にコンビニエンスストアができる前の1970年代には、どんな町にも駄菓子屋があったのではないだろうか。東京近郊の町にあったその駄菓子屋も、そんなお店のうちの一つだ。3坪ほどの店内には、所狭しとカラーボックスが積まれていて、あんこ玉、餅太郎、さくらんぼ餅、ミルクせんべい、梅ジャム、よっちゃんいかなど、種々様々の駄菓子が見本市のように並べられている。学校から帰った近所の子どもたちは、小銭を握りしめ

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あなたのnoteを、私も拝見しに行きます!
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