百裕(ひゃく・ひろし)
日常を切り出して再構築したもの。
カレーに関する記憶のまとめ。
にぎやかだと思ったら近所で祭りをやっていた。この土地に住み始めて10年になるが、こんな近くで祭りをやっているなんて知らなかった。ひょっとしたら今年から祭り会場が変わったのかもしれない。 考えてみれば、地域の祭りなんて中学時代以来行っていない。ちょっと覗いてみようかと思ったけれど、たまたま長く住んでいるだけで自治会にも入っていない “よそ者” がふらりと現れて、「君ぃ、わた菓子を売ってくれたまえ。金ならあるぜ」とやった場合、「おい、あの見慣れない顔は一体どこのどいつだい?
横浜のパスタ屋に赴任してから少し経った頃、「喫茶店を探しているんだって?」と店長が言ってきた。店長は自分より三つばかり年上で、柳葉敏郎に似た人である。 当時自分は、休日にのんびりできる店を探していた。やっぱり観光地だから喫茶店は近くにいくつかある。けれども、観光客ばかりを相手にしているような店では落ち着かない。一人で気軽に入れて小一時間も読書のできる店となると、しっくり来るところは存外ない。それでどこかいい店を知らないかと、地元のバイトに訊いたのが店長に伝わったのだろう。
独身の頃に住んでいたアパートは、目の前に大家さんの家があった。大家は七十過ぎの爺さんで、いつも牛乳瓶の底みたいな分厚い眼鏡を掛け、中日ドラゴンズの帽子をかぶっていた。 話好きな人で、一度喋り出したら容易に止まらない。ただ、早口で滑舌が悪いものだから話の内容がど甚だわかりづらい。それで同じ話を何度も繰り返す。「愛知万博に七回行った」という話を一時間で五回聞かされた時には随分閉口した。 それでも甚だ面倒見の良い大家さんで、日曜の朝にはいつも食パンと木綿豆腐を全部の部屋に配っ
出張先で宿を取ろうとしたら、いつものビジネスホテルが満室で取れなかった。よそもみんな満室のようだ。どうも何かのイベントがあるらしい。普段であれば事前に予約しておくのを、今回はうっかり忘れていたのである。 スマホからあちこち探して、五駅先にようやく空室を見つけたので、急いで予約を入れた。 ホテルの名前に何だか覚えがあるようだと思ったら、十年前に本を借りた所だとわかった。その当時、自分の母校の図書館がビジネスホテルとのコラボイベントで、一般に向けて本の貸出をやっていたのであ
ある時、母と祖母と出かけた。自分は小学校の三年か四年ぐらいだったろうと思う。どこへ行ったかは覚えていないけれど、道中で昼食をしに喫茶店へ入ったことを覚えている。 その店で、自分はピザを注文した。当時は、外食時はいつもピザを頼むことに決めていた。 まだイタリアの薄焼きスタイルが入って来る以前で、この時分のピザは生地が厚くてかりっとしていた。具はサラミのスライス、たまねぎ、ピーマン、オリーブで、大体どこの店でも同じだったように思う。果たしてこの店のも、同様の厚焼きサラミピ
自分の中学校では班ノートというのがあった。班のメンバーで一冊のノートへ毎日順番に何かを書いて、提出するのである。すると先生がコメントを書いて返してくれる。内容は、日記でもその時思っていることでも何でもいい。 中二の時、詳しくは覚えないけれど何だかちょっとふざけたことを書いて出したら、担任の加山先生から「君の文章は面白い」というコメントが返ってきた。加山先生は国語教師だったから、国語の先生に云われるのなら本当だろうと感心した。 以来、班ノートも作文もあんまり真面目に書くの
十九の頃に住んでいた学生寮で、時折大音量の音楽が聴こえた。流れてくるのは大体ハードロックやヘヴィメタルだった。 ああいう場所では、方々から集まって来た若者らが、俺はこうだ、こういう者だと主張し合う。好きな音楽を大音量で流すのも、その一環だったろう。俺はこういうのが好きなんだ、どうだ、凄いだろうと、別段凄くもないことを喚き散らすのと同じだから、周りには甚だ迷惑である。それで誰某が誰某の部屋へ怒鳴り込んだというような話も、たまに聞いた。 ある時部屋にいたら、レッド・ツェッ
引っ越したばかりの頃、近所を散歩していたら、竹藪の中に家があった。薄汚れた襤褸家で、人が住んでいる様子はない。こういう小屋を見つけた小学生が中を覗いたら母親が首を吊って死んでいたという怪談を思い出して、何だかぞわぞわした。 それから竹藪の前を通るたび、あの家の中がどうなっているんだろうかと気になって、いつもぞわぞわした。 ある時、何かの職人がやって来て、竹を全部切り払った。おかげで襤褸家は白日の下に露わになった。 これでは随分つまらない。全体、趣がない。竹藪の中の襤
面白いことを面白く書くのは難しい。 面白いことを書こうとすると滑りやすいから、書く時には面白いことを書こうとは思わないようにしてます。
スマホにnoteの通知が続けざまに出た。何かと思えば、めぐみティコ女史が自分の記事を紹介してくれて、それに随分スキがついていたのである。 こんなことになるとは考えなかったものだから、随分びっくりした。どうして自分がと思ったが、きっとこの寿司柄女からは逃れられないのだろう。抵抗して剣呑なことになってもつまらないから、従うことにした。 毎日随筆をしていると、自分の中での出来不出来がある。だから、他人様に選んでもらうとこれが推しなのかと、何だか意外なものもあって面白い。
下書き再生工場という、誰かの塩漬けになっている下書き(タイトル)をお題にもらって書く企画があって、面白そうだったので参加させていただいた。そのあとがき。 猫の正体 以前書いた通夜の猫の話に繋げるつもりでネタをもらったが、実際書いてみたらどうも今ひとつ弱いように思われる。 それで『その一』を書いて二部構成にしてみたけれど、その一が短すぎていかにも付け足した感じになった。それで『その二』も書いて三部構成にした。 構造主義的な効果が出るから、書いた文章が弱い時にはこうして保
商談前に地下街のカレー屋に入った。新しくできた店らしい。カウンターとテーブル席が三、四席ある。少し遅めのランチだったせいか、お客はまばらである。よくわからないまま『レッドインディアンカレー』を頼んだら、帰りに店のおばさんがクーポンをくれた。 「これどうぞ。レッド頼む人、好きだから」 見ると無料クーポンである。先刻出て行ったお客には渡していなかったから、レッドインディアンカレーを頼んだ者だけの特典なのだろう。 ただ、「レッド頼む人、好きだから」は生々しい。次に来るのが何だ
文章が間に合いそうにないので、今日もつぶやきで。 わけのわからない話でも読んで面白いと思ったのなら、その文章にはきっと価値がある。ノウハウの紹介だけが読者にとっての価値じゃないですよ。 だから難しく考えずに、日記でもエッセイでも何でも書けばいい。
今日公開するつもりだったやつを、間違って昨日出してしまいました。なのでとりあえず今日はつぶやきだけ。 「!」が多すぎると、20年ぐらい前のテキストサイトみたいな一人ハイテンションになる。読む側はついていきづらいし、当人にとっても、きっと後で黒歴史になるから注意した方がいいと思う。
その一 子供の頃、近くの公園で遊んでいたら猫が寄ってきた。茶色のトラ猫だった。 随分人に馴れた様子で、にゃぁにゃぁ云って甘えてくる。頭を撫でてやると喜んで、ますます甘える。そうして撫でているうちに、どうかした弾みで顔が外れた。猫はお面を着けていたのである。 お面の下から、知らないおじさんの顔が何も云わずにこちらを見ていた。 自分は走って家へ帰った。 その二 大学時代に一度、ダニエルと一緒にライブを演った。 会場はダニエルの近所だから、前の晩から泊まりに来いと云う。
ある晩、仕事の帰りにチェーンのラーメン店へ寄った。不味くはないが、特に美味くもない。ありかなしかと問われても、完全にその中間で判断に甚だ困る味だった。 それから家に帰って寝ていたら、夜中に腹の痛みで目が覚めた。それでトイレへ入ったけれど、一頻り座っていても、痛みの根源が一向表へ現れない。 そのうちに段々痛みがひどくなって、とうとうまっすぐ座ってもいられなくなった。便座に腰をかけたまま床に手をつき、膝小僧に顔を当てながら呻いていたら、今度は吐き気が襲ってきた。 急いで体