見出し画像

卒塔婆ランド

 商談前に地下街のカレー屋に入った。新しくできた店らしい。カウンターとテーブル席が三、四席ある。少し遅めのランチだったせいか、お客はまばらである。よくわからないまま『レッドインディアンカレー』を頼んだら、帰りに店のおばさんがクーポンをくれた。
「これどうぞ。レッド頼む人、好きだから」
 見ると無料クーポンである。先刻出て行ったお客には渡していなかったから、レッドインディアンカレーを頼んだ者だけの特典なのだろう。
 ただ、「レッド頼む人、好きだから」は生々しい。次に来るのが何だか怖くなって、もう今回限りにしておこうと決めた。

 カレー屋を出て、A社へ向かって歩いたが、道を間違えたようで一向辿り着かない。ひとまず地上へ出ようとしたら、階段が鎖で封鎖されていた。
 鎖の手前には卒塔婆が立っている。地下商店街に卒塔婆なんて、いかにも不釣合だ。全体、気持ちが悪い。
 そう思って眺めていると、カンカン帽をかぶったおじさんが寄ってきた。
「どうも、大変なことになったねぇ」
「え?」
「これ」
「これは何なんですか?」
 カンカンおじさんは少し訝しむような顔をした。
「卒塔婆ランドだがね」
 知らんのか、と云うような口振りだ。
「卒塔婆ランド?」
「今あっちの、クリスタル広場で作っとるで、行ってみやぁ」
 呆れたようにそう云うと、おじさんはどこかへ行ってしまった。
 なんのはなしだか、まるで判然しない。

 それよりも約束の時間が迫っているから、とりあえずA社に電話を入れることにした。
「はい、A〇〇会社の相田と申します」
 相田さんに電話をすると、いつも「相田と申します」と出る。向こうからかけてきても同様に「相田と申します」と言う。もう一年以上やりとりをして、先方が相田なのはわかっている。いい加減、「相田です」で良さそうなものだと思う。
「百です。お世話になってます」
「お世話になってまーす」
「相田さん、すみません。約束の時間に遅れそうで……」
「……え! 今日でしたっけ?! あらやだ、ごめんなさい、明日だと思ってました!」

 結局商談は延期になったので、自分はクリスタル広場へ行ってみることにした。
 道がよくわからないが、大凡おおよそこっちの方だろうと見当をつけて進むと、じきに広い交差点へ出た。四方の入口に、きらきら光る大きなクリスタルが飾られている。どうやらここで間違いない。
 先刻のおじさんはここで何か作っていると云ったが、それらしい人はいない。代わりに、広場の真ん中に卒塔婆を数十本鎖で束ねたのが、都合四束立ててあった。どうにも禍々しい。
 さらにその中心に、先刻もらったレッドインディアンカレーのクーポンが一枚安置されていた。
 それを見て、あのおばちゃんがクーポンをくれた意味は大体わかったが、どうしてこれが卒塔婆ランドなのかはついにわからないままだった。


よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。