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たわごとのかたまり

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時々旅をしたり、ぼんやりしたり、何かを考えたりするマガジンです。
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高円寺阿波踊り

高円寺阿波踊り

用事を済ませ、商店街の狭い道を早足で歩く。

すれ違う人たちも、今日はいつもとすこし様子が違う。ビールのロング缶を片手に浴衣でそぞろ歩くカップルや、パンフレットらしきものを持ってキョロキョロしながら足を止める人もいる。

太鼓や笛の音がする。遠くの方から時々沸き立つように聞こえるのは、きっとお客さんの歓声だ。お祭りは近い。

徐々に人の数が増えていく。狭い道いっぱいの人だかりをかき分けるようにして

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新しい挑戦

新しい挑戦

オフィスに顔を出し、仲間へのあいさつや作業を終えた。

今日が最終出社だという実感もない。必要な物品をメンバーに引き渡し、細かい確認を進める。すべてが終わったころ、僕は仕事用のMacbookを静かに閉じた。

2023年4月28日。僕はこの日をもって今の会社での仕事を終えた。そんな大きな区切りの日が、奇遇なことに僕の誕生日とぴったり重なった。今年で29歳になった。誰もが認めるような「アラサー」だ。

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「つくったもの」が人を動かす

「つくったもの」が人を動かす

冬真っ只中の東北らしく、その日は灰色の空から雪がぽたぽたと降りそそぐような天気だった。

東京駅から東北新幹線で盛岡に向かう。時速320キロという驚異的なスピードのおかげで、盛岡まではわずか2時間ちょっとの旅だ。

新幹線から在来線に乗りかえる。20分ほど経ったころ、乗っていた2両編成の列車は東北本線の紫波中央駅に着いた。ここが今回の目的地だ。

雪が積もっていて、窓の外は真っ白だった。暖房の効い

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射撃場

射撃場

人生で初めて、射撃場に行った。

ハワイや韓国にある観光客向けの射撃場ではなく、れっきとした国内、それも東京都内の話だ。もちろん銃を使って標的を撃つ、あの射撃である。

実を言うと、ぼくは去年狩猟免許(第一種銃猟)を取得した。いずれ銃を手にするつもりだ。どうして狩猟免許を持ち始めたのかという話はいずれまたしようと思うので、今回は特に説明しない。

よく誤解されることだけど、狩猟免許を所持していても

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おじいさんのカメラ

おじいさんのカメラ

祖父について書いたエッセイが、昨年末にWebで公開された。

掲載されたのは「かくかぞく」という、家族についてのエッセイを多数掲載しているWebメディア。ご縁があって、知り合いの編集者さんから「家族写真」についてのエッセイを頼まれたのがきっかけだった。

なんとなく引き受けたはいいものの、「家族写真」に関するエピソードなんて思いつかないぞ、、、と思っていた時、ふと思い出したのが、かつて祖父から譲り

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自分で決める。みんなでつくる。

自分で決める。みんなでつくる。

生まれてはじめて、個展を開催した。

たった一人の小さな展示だ。少しの間、会場に僕の写真だけを飾ってもらえることになった。

僕は写真とあまり関係のない仕事をしつつ、個人での仕事・活動として写真を撮っている。そんな僕が写真の個展を開くことになった。

もっとも、大きなギャラリーを何週間も借りるわけではない。費用などを考えるとそこまでベストを尽くすことはできない。

幸いなことに、知人が経営する高円

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「移動」

「移動」

「窓の外を見たり、なにかほかのものを見るとき、自分がなにを見てるかわかるかい? 自分自身を見てるんだ。ものごとが、美しいとか、ロマンチックだとか、印象的とかに見えるのは、自分自身の中に、美しさや、ロマンスや、感激があるときにかぎるのだ。」
フレドリック・ブラウン『シカゴ・ブルース』 (訳:青田 勝)

旅をしていて、楽しさを感じるのは一体どんな時だろう。

例えば街をぶらぶら散策したり、温泉での

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「おすそ分け」の旅

「おすそ分け」の旅



飛騨高山に行った。気ままな一人旅だ。

東京から名古屋または富山まで新幹線に乗り、そこから特急に乗り換えても5時間近くかかる。首都圏から見れば、日本アルプスを越えた山の向こう側になる。

その独特で歴史的な街並みのせいもあって、日本人よりも、どちらかといえば欧米の人に人気らしい。フランスのミシュランガイドによれば、国内で紹介された観光地のうち数少ない「三つ星」のひとつらしい。ちなみに、それ以外

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東京から岡山まで、バイクの旅。

東京から岡山まで、バイクの旅。

バイクに乗って少し長い旅に出た。かれこれ一ヶ月以上も前の話だ。

行き先は岡山県。瀬戸内海を目指して東京からずっとバイクを走らせた。

ホンダ・クロスカブという名の小さなバイクだ。原付ほどは小さくないけれど、高速道路に乗ることはできない。

そんな相棒と共に、東京から岡山までずっと下道を走りながら旅をした。

事前にルートをざっくり調べてみると、片道800km近くあった。ぼくのバイクだと3日以上か

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はじめての雪山

はじめての雪山

一番キライな季節は冬だというのに、長野に住む友人に誘われて、人生初の雪山登山に行ってしまった。

雪山と言っても、ヒマラヤ山脈や日本アルプスのように「ガチ」の厳しい山ではなくて、スキー場もついているタイプのお手頃な山だ。

山のふもとから地道に登り始める必要がないので、スキー場のリフトに乗って、そのまま雪の中を小一時間も歩いていれば山頂についてしまう。

友だちと行ったという安心感もあるけれど、は

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深夜3時のティータイム

深夜3時のティータイム



訪れた場所や街の印象というものは、そこで見た景色というよりも、もしかすると、そこで出会った人たちと過ごす時間によって決まるのかもしれない。

僕たちは、見知らぬ土地で知り合った人たちを通じて、そして彼らと共に時間を過ごすことによって、ようやくその土地自体を理解できるようになるのだと思う。

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はじめて香港を訪れたのは6年前。僕が大学生の頃だっ

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潜る場所、熟成する時間

潜る場所、熟成する時間

その喫茶店は、とあるビルの地下にある。

大人一人がやっと通れるほどの狭い階段を降りて、ドアを開ける。そこにはマホガニーの大きなカウンターと椅子があって、反対には小さめのテーブル席が5つほど用意されている。

狭い店だ。席を埋めようとしても、15人は入れないだろう。

この店には大きな特徴がある。店内はメニュー含めてすべて撮影禁止なのだ。注意書きがきちんとマジックの太字で、誰でも見えるよう壁に掲げ

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スプライトとルーフトップ

スプライトとルーフトップ

バングラデシュという国に行った。もう5年以上前の話だ。

あまり有名な国ではない。少し地理に詳しい人なら、日本の国旗に似た、日の丸のようなデザインの国旗を見たことがあるかもしれない。

インドの東、本州の3分の2ほどの大きさに1億人以上が住むこの国には、不思議なほど観光客が少ない。

もちろんこの国にも世界遺産はあるし、国全体に広がる沼地やジャングルは、それこそベンガルトラのような貴重な動物の生息

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海辺の路線バス

海辺の路線バス



一台のバスが止まっている。お客さんの姿はまだなく、エンジンもかかっていない。海の近くを走っているせいか、車体はどこか錆びついてみえる。

ここは中国地方のとある駅前。セミの声が徐々に聞こえだす夏の初め、ぼくはこの少し古ぼけたバスに乗って、海辺の小さな町に向かおうとしていた。

よくある田舎のバスだ。都会の乗り物と違って本数が少ない。

1時間に1本もないバスの発車時刻まで、あと15分はある。ぼ

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