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小さな物語

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尽くさぬ美学。 切り詰める美学。
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雲を飼う

雲を飼う

 友人が旅先から送って寄越すのは、きまって広口の空き瓶だった。

 規格はまちまちの、ジャムだかピクルスだかの入っていたと思しき手のひらサイズの寸胴のガラス瓶で、わざとのようにラベルが完全には剥がされていなかった。ラベルの切れ端に残る、地震計で記したような文字やオニボウフラが整列したような文字を見るにつけ、ぼくは異国情緒というやつを堪能する。
 それだけでも、だからぼくには十分土産物に値した。送ら

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セレンゲティの夜

セレンゲティの夜

 古阪には五歳になる娘がいる。

 兄とは七つ、姉とは五つ離れており、おのずと次女はひとり遊びに長けていく。それでも休日は、寝床から出ずに一銭にもならない書き物・読み物に余念のない古阪の布団の上にスキあらば飛び乗ってきて、猛獣・海獣・恐竜のフィギュアを握らせては、ごっこ遊びへ巻き込むのだった。

 初めのうちは機嫌良く付き合ってやるも、書き物・読み物の続きがどうにも気になってくる古阪は、じき仕事用

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うさぎ

うさぎ

くさくさしてるときにおもろいもの読んだり聞いたり見たりして思わず吹き出したりなんかすると、憂さがうさぎになってぴょんと飛び出してどこぞへ跳ねながら逃げていくんですね。

なんとなく不法投棄するみたいで放っておけなくて追っかけるんですけどね、これが必ず穴の中に逃げ込むんです。こんなところにテイよく穴なんてあったかなんてその都度思うんですけど、これが覗き込むと大人ひとり屈めばどうにか入れそうな大きさで

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スベり高等学校

スベり高等学校

先生、どうしても私、高校に受かりたくないんです。

どうした、木村。藪から棒に。就職したいのか。

いえ、ふつうに高校に行きたいです。でも、受かりたくないんです。

まったく要領を得んぞ、木村。

つまり高校へは行きたいんですが、合格したくないんです。

しかし高校に行きたいなら、試験に受からねばならぬ。これが世の道理だ。

だから私、毛が抜けるほど悩んでるんです。

案ずるな、木村。貴様にピッタ

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秋桜

秋桜

 秋桜の花叢が忽然と目の前に現れて、黄立羽が何頭と群がっていた。

 ひと気を避けて歩いていると、たまさかシジマ場に足を踏み入れることがある。

 そのときもそうで、公団裏と貯水場にはさまれた路地を歩いていると、物音がいっさい聞かれなくなって、あ、シジマ場、と気づいたときには一面の花畠だった。公団の一隅にある花壇のはずが、みるみる四方は見渡す限りの花咲く野になった。シジマ場とはそういうもの。陶然と

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鳥獣戯画ノリ

鳥獣戯画ノリ

妻が鳥獣戯画にハマりだした。兎や蛙がプリントされた食器が増え始め、今ではブックカバーやトートバッグの布製品のことごとくが鳥獣戯画である。

ついにはハンケチやら弁当袋やら私の持ち物にまで平安時代の動物どもが踊り出した。

自称〇〇ノリというやつで、ノリでやってることだから大目に見てくれろとは結婚当初からする妻の釈明。家中ギンガムチェックになったりメダカになったり太宰治になったりした経緯からすれば、

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告白水平線

告白水平線

最後の旅先だった。
彼女にもわかっていた。

窓外の海は荒れていた。ヨットに帆を張る人々も数えるくらい。水平線に入道雲がわだかまって、秋の到来を告げている。

ほんとうに……

その先が続かなかった。俯いた彼女の眼の縁にいつか涙が溜まって小刻みに震えている。彼方の水平線、そして此方には比べようもなく小さな水平線。でもそこには、宇宙の重さにも匹敵するせめぎ合いがあった。

彼が先を促さないから続かな

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秘密警察を宣伝してみる

秘密警察を宣伝してみる

お次はラジオネーム「秘密のアッコさん」からのお便り。

私はしがない中間管理職です。国家の安全保障の仕事に従事しております。最近スタッフの高齢化が進んでおりまして、先日もボヤ騒ぎの渦中、警報ベルを鳴らそうとして危うく核の発射ボタンを押しそうになった部下がおりました。右左を間違えるなんかザラで、注意する方も「お箸を持つ方が右!」と示しながら自分が左利きなのを忘れてるんですから目も当てられません。そん

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金持ち教習所

金持ち教習所

「オレ金持ちなんだけど、特典とかあんの?」
「すでにお金持ちなら、お通いいただく必要はないかと」
「でも自動車免許は取りたいのよ」
「自動車免許?」
 話が通じないと思ったら、どうもここは「金持ち専用自動車教習所」ではなく、その名の通り「金持ち教習所」。

「金持ちになるための教習所?」
「この頃はモグリの金持ちが増えてますから」
 受付嬢は言ってから、職業的な勘が働いたものだろう、「ひょっとして

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ほんの一部スイカ

ほんの一部スイカ

パパはスイカが大好きだった。それなのに仏壇に供えられたことはない。それどころか何年と食卓に供されてこなかった。

きっかけは隣席の男子の鉛筆だった。削ると黒と緑の縞模様が現れる。「ほんの一部スイカだ」と誰かが言った。次の授業で黒シャツを着た先生が背で黒板を擦り、後ろを向いたとき板書の赤と緑が移って縞をなすのを見て「ほんの一部スイカだ」とまた誰かが叫んで皆を笑わせた。そこでわたしは合点する。こんな具

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台風の子

台風の子

 台風一過の朝の空を、子どもたちと物干しの露台に上がって仰いだのでした。
 雲ひとつない青空でした。
 梅雨の入りもまだ聞かれないうちの、早すぎる野分でした。風がまだ尾を引いて、爽やかさを通り越してなんだか肌寒いくらいのものだった。

 ひと月ほど前に母屋を延長して庭に増築した洗濯室については、素人仕事とは思えないその出来栄えを自他ともに称賛してご満悦だったのが、日を跨いでから雨風はいよいよ強くな

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満月夫人

満月夫人

 年始に古い友人と飲みましてね。
 日のあるうちからしたたか飲んで、気がつけば終列車の出る時刻。もう何軒ハシゴしたかわからない。駅までの道すがら、友人が往来の真ン中でよろよろっと頽れまして。ケラケラ笑って手を差し伸べると、思いのほか強い力で握り返されて、真顔で見据えられたものです。あれは、いったいなんだったのでしょう。

 二人して道に迷いまして、私はたまらず電信柱につと寄ると、その陰に嘔吐した。

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梅狩

梅狩

眠りが不意に破れましてね。いつからか降り始めた雨の音に、ぬくといトコのなかに丸まりながら聞き入っているのです。

雨樋からひっきりなしに水の落ちる音がしましてね。庭の土を叩くのですよ。五月の雨の夜は、どうかすると明るい夜なのでございます。

庭に通う野良猫たちの身がふと案じられてくるのですが、まるでこちらのそんな物思いに呼応するように、屋根の上を、タタン、タタタン、と打つ音がします。屋根裏にはなに

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おぼえたがえ

おぼえたがえ

 仮寓の庭の梅がほころびはじめた。
 妻がそう知らせて、その知らせだけで私は満足してしまった。

 数日後、梅はほぼ満開になったと、妻は知らせた。庭側のブラインドを上げて庭を見れば済むことなのに、私はそれをすぐにはやらなかった。
 さらに数日して、ふと思い立ってブラインドを上げると、果たして向かって右側の梅の古木に薄桃色の花がたわわに咲いていた。南中にかかろうとする日を浴びて、風もないのにひとひら

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