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『インサイド・ヘッド2』が大人気の理由とは?感情科学とアートが紡ぐ生き方ガイド
『インサイド・ヘッド2』が話題を呼んでいる背景には、感情科学の最新知見とアートの見事な融合があるのではと思います。この映画は、幼い子どもも、思春期の子も、大人も科学者も見応えがあるものになっていると思います。
感情科学を専門とする立場から、映画がどのようにして私たちの感情を巧みに描き出し、生き方をガイドしているのかを解説します。
今回のテーマは、「感情をコミカルに描いているのが面白い」という話で
『インサイド・ヘッド2』 の新キャラは大人になってくると表れてくる「二次感情」
ディズニー&ピクサーは最近、大人向けの感情をテーマにした映画を多く制作しています。今回は、大人が泣けると言われている、日本で8月1日(木)に公開される映画『インサイド・ヘッド2』にでてくる感情ついて、精神科医が解説します。
『インサイド・ヘッド2』の製作者は、この映画のメッセージを「ダメなところも含めて自分を愛すること、すべての感情はいつか宝物になる」としています。
では、「すべての感情はいつ
終わってない戦いはありますか?『ゴジラ−1.0』から学ぶトラウマと成長の心理学
映画『ゴジラ-1.0』は、「生きて抗え」という強力なメッセージを伝える作品でした。
この作品は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を予防する映画となりえると感じました。この映画を通じて、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、心的外傷後成長(PTG:Post Traumatic Growth)、二次被害、サバイバーズギルトに焦点を当て、精神科医の視点から解説します。
注意:ネタバレを含みます!
宮崎駿の最新作はラジカルアクセプタンスをテーマに?精神科医の考察
このブログの著者は、精神科医でありながらVR映像にも携わっています。
「君たちはどう生きるか」のストーリーは一部が理解しずらかったものの、
作り手が伝えたかったメッセージがとても強く感じられたので、それについて解説してみたいと思います。
(ネタバレは最小限に留めます。)
まず、作品の大きなメッセージ「おれの生き様を見ろ!」ということ。
1)「引退宣言」しても「引退宣言撤回」したり、
2)多大な
ウルトラマンポーズと「レベル〇〇」で子どものやる気を上げる。小児精神科医が考える子育てのヒント。
子どもが何かに挑戦したいと言ったら、挑戦させてあげたいものです。
学年が上がったり、環境が大きく変わるタイミングは特に挑戦したいという気持ちが湧いてきます。
子どもが何か挑戦したいけれども一歩踏み出せない様子であったら、子どもの好きなキャラクターのポーズをさせるのです。
私の息子はウルトラマンが大好きなので、「ウルトラマンポーズ」と掛け声をかけて、そのポーズを取らせることで、一歩踏み出す勇気
「医療」と「テクノロジー✖️クリエイティブ」の架け橋になりたい。精神科医の私がデジタル治療を開発する理由。
私は、医療とテクノロジー✖️クリエイティブの架け橋になるような存在になりたいと考えています。小学生の頃から私は、「派手なグループ」と「静かなグループ」の橋渡し的な存在でした。
精神科医になってからも気がつくと、「研究」と「(患者さんを診る)臨床」の架け橋であったり、「精神科医」と「心理職」の架け橋をしていました。
両方の立場から見て、どうしたらwin winの関係を作れるのか考えるのが好きなん
オンラインのカリスマ先生✖️モチベーションを上げてくれるリアルな先生がいれば最強。小児精神科医が考える子育てのヒント。
カリスマの教えるのが上手な先生(オンライン)と、モチベーションを高めてくれる先生(リアル)がいれば最強です。子どもたちはのオンライン教育でわかってきたことは、
カリスマの教えるのが上手いオンライン上の先生と
モチベーションを高め寄り添ってくれるリアルの先生がいれば最強だということです。
現在、仕事で作っているVRも
わかりやすく教えてくれるVRの先生と共感してくれてモチベーションを高めてくれる
自分に余裕がないことはどうしたら分かる?精神科医の考える生きるのが少し楽になる方法。
「自分に余裕がない」ことはどうしたら分かるようになりますか?と聞かれることがあります。認知行動療法としては、セルフモニタリングが大切ですというのが答えになりますが、
簡単に確認できる方法を一つお伝えします。
「数字をランダムに言ってみて」と言われて、ランダムに言うことができたら余裕あるということです。もしも本人はランダムに言っているつもりなのに、順番になっていたら余裕ないということなのです。
優しい社会をつくりたい。精神科医の私がデジタル治療を開発する理由。
「優しい社会をつくりたい どうして「私」がデジタル治療を開発しているのか」についてお話します。「優しい社会をつくりたい」と考えると、なんだか泣けてきます。これは私がずっと願ってきたことなのです。
子どもの頃から感受性の強すぎる私にとって、社会は「そんなに優しくない」ところでした。「社会ってそんなに優しくないな」「自分がみんなに優しくしていたら、自分自身が潰れてしまうな」と思う場所でした。
(精神