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終わってない戦いはありますか?『ゴジラ−1.0』から学ぶトラウマと成長の心理学

映画『ゴジラ-1.0』は、「生きて抗え」という強力なメッセージを伝える作品でした。


 
この作品は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を予防する映画となりえると感じました。この映画を通じて、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、心的外傷後成長(PTG:Post Traumatic Growth)、二次被害、サバイバーズギルトに焦点を当て、精神科医の視点から解説します。
 
注意:ネタバレを含みます!
 

【心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状】


主人公の敷島浩一 (演: 神木隆之介)は、戦争から帰ったあとに心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状に苦しんでいます。
 
◉過覚醒
睡眠障害に悩まされています。
特攻隊の生き残りのため、向こう見ずな行動をしないかと心配されます。
ある特定の話題に関してはすぐに怒り出します。
 
◉侵入症状
悪夢を経験します。
 
◉陰性症状
サバイバーズギルド、生き残ってしまったことに関して葛藤があります。
 
◉回避
特定の話題を避けます。
 

【二次被害/サバイバーズギルト】


◉二次被害
生きて帰ってきた敷島は、子どもを戦争で亡くした太田澄子(演:安藤サクラ)から、「この恥知らず」と責められます。「あなたのせいで戦争に負けた」「あなたも死ぬべきだった」「あなたが悪い」という言葉は、自責の念を強めます。
 
トラウマにあった人のことを、加害者や戦争や災害のせいにするのでなく「あなたが悪い」ということは二次被害をつくることになります。「あなたが悪い」という人が悪い人や傷つけようと思って言っているわけではなく、「良い人には良いことがおこる、悪い人には悪いことがおこる」と幼少期に習った単純化された考えが真っ先に浮かんでしまうため、そのようなことを言ってしまいます。
 

★トラウマ被害にあった人に「あなたが悪い」ということを言わないように気をつけるべきです。


◉サバイバーズギルト
敷島は、亡くなった人の家族の写真を見ながら深く自分を責めます。
 
サバイバーズギルトは生き残った人が周囲の人が亡くなったのに、自分だけが生き残ってしまったことに罪悪感を覚えてしまうことをいいます。
 
◉後知恵バイアス
「後知恵バイアス」といって、「もし自分があのときに戦っていれば救えたかもしれない」と後から「もしあのときあーしておけばよかったのに、こうしておけばよかったのに」という後悔をします。
しかし、そのときにはその時点でできる「ベストな生き残る方法を選択している」ことがほとんどなのです。
 
◉生き残った人の責任
サバイバーズギルトを抱える敷島に大石典子(演:渡辺美波)は「生き残った人間はきちんと生きていくべきです」と伝えます。
 
◉不安があるから長生きできる
敷島は、「不安」を感じると、手が震えます。手が震える「怖い」という感情は、死から遠ざけ「彼を生かす」ことを助けます。
 
「不安」や「不安が強い人」は悪いことのように思われるかもしれませんが、不安があるから「長生きできる」のです。実際に不安の高い人のほうが向こう見ずな行動が少ないため長生きであるという報告もあります。
 

心的外傷後成長(PTG:Post Traumatic Growth)


敷島は、愛する人と結婚をするといった次の責任を感じるような行動に踏み出す行動がとれず現実に向き合えないのは、「自分のなかの戦争が終わっていないからだ」と言います。PTSDの症状も続いています。
しかし、運命の導きなのか、自分の周囲の人を死に追いやった「ゴジラ」と再び戦うことになり、徐々に人生や自分の気持ちに向き合っていきます。
 
傷つきから人が成長することを心的外傷後成長(PTG:Post Traumatic Growth)と言います。成長の領域は「他者との関係」「新たな可能性」「人間としての強さ」「精神性的な変容」「人生に対する感謝」の5つであると報告されています。
 
野田健治 (演:吉岡秀隆)が、「死ぬための戦いではないんです。今度の戦いは未来を生きるための戦いなんです」と言うように、決して命を粗末に扱うのではなく、「生き残るために」「生きて争う」ために敷島も戦います。
「死ぬために」突撃をするのではなく、死んでサバイバーズギルトから解放されるためではなく、「戦って」「生きる」ために、「生き残った意味、自分の力を発揮しみんなを救う」ために戦うのです。
そして戦いを終える頃には、自分の中の感情をおさめる場所が見つかり、「生きるのだ」という考えに変わっていきます。それにより、自分の戦いを終わらせることができました。
 
終わっていない戦いを終わらせるためには、同じ課題に立ち向かわなくてはいけないというわけではありません。ただ、終わっていない戦いがあるなと自覚している場合は、それについて向き合う時間をとったり、安全な人との対話を通して癒しを見つけたりすることが大切です。

★トラウマが起きた後に、1ヶ月くらいは周囲の人が心配してくれたり「あなたが悪いわけではない」と慰めてくれたりするので、その人たちからのあたたかさでトラウマが癒されるのではないかという説があります。トラウマから1ヶ月を過ぎるあたりからはそれについて話題になることが少なくなるので回復が進まないのではと言われています。あなたの大切な誰かが傷ついていたら「大丈夫かな?」と(トラウマのことを言って蒸し返したりするのは悪いかなと思ったとしても、)本人から「大丈夫」と言われるまでは、ずっと気にかけてあげることが大切です。


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