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書評

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#人間

伊与原新(2020)『八月の銀の雪』新潮社

科学に基づいた様々な現象を題材にし、人々の温かな生き様を編み合わせたエピソード集。「科学的」と言うと、なんだかお堅い遠い世界の話に思えるが、私たちの住むこの世界を研究対象にしてきたわけだから、当たり前のように日常に溶け込んでいることに気づける一冊でもある。

毎日何気なく触れ合っているこの世界が、実は壮大な仕組みで数多くの見えない歯車が噛み合わさって動いていること、その中に私たち人間も位置づけられ

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岡崎かつひろ(2017)『自分を安売りするのは”いますぐ”やめなさい。』きずな出版



自分の給料が思ったより低いなと感じたりしている時にふと買ってしまう本。本を読んだ「効果」が帯に書いて宣伝してある類の自己啓発本である。しかし自己啓発本だからというだけでバカにするのは良くなくて、たいてい間違ったことは書いていないものである。

本書は、中でも割と多動を推奨する。「成功」が掲げられている。すぐさっと読める内容で、やる気がちょっとと、推奨されたようにポケットに入れる財布の中身をすっ

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太宰治(2006)『人間失格』新潮文庫



男はあまりにも純粋で、人間の生臭い人間らしさに生涯翻弄される。社会にあってはその純粋さは弱さと呼ばれている。人間、失格なのだ。

不朽のロングセラー。私的領域に深く深く潜り込む感情文学の最右翼。著者の最期と同様の結末を受け入れるならば、「私」に入り込むことはこのようなことなのだろう。社会に生きなければならない私たちはそうは望まないから「公」を手に入れる。

野村證券投資情報部(2020)『未来イノベーションに投資しよう』日本経済新聞出版



30年後の未来、親子の年齢の差が例えば30歳だとして、親世代の人たちがいまの自分の年齢だったころの世界を想像してみる。当然全く違う世の中で、だからこそ技術の進歩は侮れないと痛感する。

ITとバイオとナノ、三つのテクノロジーの融合で有り得べき未来を予測する一冊。俄かには理解しがたい難解な技術ではあるが、少し想像は出来る。量子コンピューターで最適な選択肢を導き、食糧や電気には困らない。病気は克服

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宇野重規(2018)『未来をはじめる:「人と一緒にいること」の政治学』東京大学出版会



「政治とは、人が誰かと共に生きていくことそのものである」そのことを中高生への講義の中から明確に描き出していく非常にわかりやすい導入書である。自分を失いたくはないし、他人とは一緒に生きていきたい。この矛盾してしまう命題をどう両立させていくか、今なお難題であり私たちが取り組むべき課題なのだ。

本書を手に取ったもう一つの理由としては例の学術会議会員に任命拒否をされた著者であったから。個人的には優秀

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早川誠(2014)『代表制という思想』風行社



国民が国会議員を選んで代わりに政治をしてもらう、そうした代表制は国の規模が大きくなってやむなく採用されている制度だという通説を疑うところから始まる。そして、代表制には、代表たちが意思と決定の間に立つ中間集団として判断をし議論をすることによる、結論と国民の双方の成熟をもたらすという積極的意義があると認める本著。

現代で半ば当たり前になってしまい皆が深く考えないような制度は多々存在するのであろう

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ハンス・ロスリング他(2018)=上杉周作・関美和訳(2019)『ファクトフルネス:10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』日経BP社



一般的な教養層から絶大な評価を得ている本書。要約するならば、世界の実態は多くの人々(特に先進国教養層)が考えている以上に日々改善しており、我々は本能的な思い込みを乗り越え、現代人としてデータを基に行動すべきだというもの。

少し分厚いものの、本書全体を通して主張は上記の要約から逸することはない。立ち止まり考えること、前提を疑うこと、謙虚に世界と自分自身に向き合うこと。一見すると当たり前の教訓を

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井上達夫(2019)『普遍の再生:リベラリズムの現代世界論』岩波現代文庫



普遍性の主張を恣意的に利用する昨今の大国の動向を憂いながら、文庫版として再誕したリベラリズムの教科書。自他の間に隔たりがあることを認識しながらも、取り込もうとしたり逆に閉じ籠ったりするわけでなく、自己を批判的に吟味し続け、対話の中での相互承認から共に立つ普遍の地平を見い出し続けようとする生き方を擁護する。

しかれども、この世界に神はいない。この世に生きる全ての人間と、心の内をさらけ出す時間は

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住野よる(2019)『麦本三歩の好きなもの』幻冬舎



生きていく勇気がもらえる一冊。生活するにあたっての、いつもの自分の一つ一つの行動が肯定されるような、そんな感覚にさせてくれる。明るい楽しい平凡な日々の強くしなやかな我々みんな一人一人の物語。

きっとどんな人間でも外見と内面には差があって、口には出さない思いがたくさんあって、色んなドラマの原因になるそうしたひみちゅが少し読んでいてじーんと来たりした。

村山早紀(2016)『桜風堂ものがたり』PHP研究所



希望とか奇跡とか、そういったものを描く言葉は必然的に美しくなるものなのだろうか。ある書店員たちの美しい生き様の物語。そして人は誰も幼いころの悲しみを抱え、明るく生きていくものなのだろうかと考えさせられる。

誰もが認めるカリスマ書店員が、私は本当はこんな女の子になりたかったのだと思うシーン。思い通りにいかない世の中で、それだからこそ誰かを慕い、または憧れ、そうやってこの世界が出来上がっていくの

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舞城王太郎(2014)『ビッチマグネット』新潮文庫



骨に肉がついて、皮をまとって人の形になり、物語を取り込んで人間として生きていく。そして他人には思うところはあるけれども、人の本質は変わらないもので、色んな意味での不可能性がこの世界に諦めと寛容さをもたらしている、らしい。

表現がもう、とりあえずこれくらいの歳の女の子。心の声そのまま。あとは何でしょう、人生において主要な登場人物ってどうしたって数えられる程度になるのでしょうか。この物語の時の進

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